と二人で争っては松次が負けると云うようなところから、松次は琢次の隙を覘っていた。ところで某《ある》朝のこと、薬師町の田村と云う旅館の前を通っているとその旅館の二階に琢次の頭が見えていた。
「よし、今日こそやっちゃるぞ」
 松次はこう云って急いで己《じぶん》の家へ帰り、床に置いてあった日本刀を持ちだして来て、かってを知った田村の二階へつかつかとあがってゆき、刀を抜くなり琢次と思われる者の首を斬り落した。
「今日こそやったぞ」
 松次はその首を引掴んだ。しかし、それは琢次ではなかった。琢次が起きて帰った後で、宵から薬師堂で通夜をしていた隣村の男が、朝になって帰って見ると寝床があったので突然《いきなり》その中にもぐり込んで寝たところであった。
「お薬師様でお通夜していたものが殺された、神様も頼みにならん」
 薬師堂の参詣に来ていた者がこう云って我も我もと逃げ帰ったので、それからは何人《だれ》一人参詣するものもなくなり、それがために薬師町は衰微してしまった。
「その旅館は此処でした、この辺の田は、皆な私が拓きました」
 県会議員は私といっしょに薬師町の跡の田の間を歩きながら、「どいまつ」の話などを聞かした。その「どいまつ」は後に七人程人を殺して、某《なにがし》という老人の介錯で自刃したとのことであった。



底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年8月2日作成
2004年2月9日修正
青空文庫作成ファイル:
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