光っていた。
この見すぼらしい姿を一眼見た用人は、気の毒と思うよりも寧ろ鬼魅《きみ》が悪かった。と、旅僧の方では用人が煙草の火を点けたのを見ると、急いで頭陀袋の中へ手をやって、中から煙管と煙草を執り出し、それを煙管に詰めて用人の傍へ擦り寄って来た。
「どうか火を貸しておくれ」
用人は旅僧に傍へ寄られると臭いような気がするので、呼吸《いき》をしないようにして黙って煙管の雁首を出すと旅憎は舌を鳴らして吸いつけ、
「や、これはどうも」
と、ちょっと頭をさげて二足三足歩いてから用人に話しかけた。
「貴君《あなた》は、これから何方《どちら》へ往きなさる」
「下総の方へ、ね」
「ああ、下総」
「貴僧《あなた》は何方へ」
「私《わし》は越谷《こしがや》へ往こうと思ってな」
「何処からお出でになりました」
「私《わし》かね、私は番町の――の邸から来たものだ」
用人は驚いて眼を※[#「※」は「目+爭」、第3水準1−88−85、61−1]《みは》った。旅僧の来たと云う邸は己の仕えている邸ではないか、用人はこの売僧奴《まいすめ》、その邸から来た者が眼の前にいるに好くもそんな出まかせが云えたものだ、しかし待てよ、此奴はなにかためにするところがあって、主家の名を騙《かた》っているかも判らない、一つぎゅうと云う眼に逢わして置かないと、どんなことをして主家へ迷惑をかけるかも判らないと心で嘲笑って、その顔をじろりと見た。
「――の邸、おかしなことを聞くもんだね」
「何かありますかな」
旅僧は澄まして云って用人の顔を見返した。
「ありますとも、私はその邸の者だが、お前さんに見覚えがないからね」
用人は嘲ってその驚く顔を見ようとしたが旅僧は平気であった。
「見覚えがないかも判らないよ」
「おっと、待ってもらおうか、私は其処の用人だから、毎日詰めていない日はないが、この私が知らない人が、その邸にいる理《わけ》がないよ、きっと邸の名前がちがっているのだろう」
用人はまた嘲笑った。
「ところが違わない」
「違わないことがあるものか、ちがわないと云うなら、お前さんは、邸の名を騙る売僧じゃ」
用人は憤りだした。
「それはお前さんが私《わし》を知らないから、そう云うのだ、私は三代前から彼《あ》の邸にいるよ、彼の邸は何時も病人だらけで、先代二人は夭折《わかじに》している、おまえさんは譜代でないから、
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