源吉はその建築の最中でも、お諏訪様と遊ぶことがあった。
 社殿はその年の歳末になって落成したので、遷座式を行うことになった。神主は初めから係りあいになっている治左衛門であった。
 その日拝殿の正面には、神主の治左衛門が祭壇の方に向って坐り、そのすこし後に源吉が為作に伴れられて坐っていた。そして、町の頭だった人達は拝殿の昇口《あがりぐち》の方を背にして頭を並べていた。
 時刻が来ると治左衛門が祝詞《のりと》をはじめたが、その声が切れてしまった。町の人達は不思議に思った。と、源吉が云った。
「あ、牧野の旦那の首に、お諏訪様がいらあ」
 拝殿の中はしんとなった。その時治左衛門の体は背後《うしろ》向きになった。
「私の心に穢れがあって、明神の思召にかなわない、今日からこのお社の神主は、源吉殿にやらして、私が後見することにします」
 そこで源吉は治左衛門の被《き》ていた水干を被て祭壇の前に据えられた。

 この少年神主は、その後も時どきお諏訪様と拝殿の前で遊んだが、町の人は其処に沢蟹の群や蛙の群を見ることがあった。



底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1986(昭和
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