ざいます」
 二人はその時畑路の岐路《わかれみち》の処へ来ていた。その路を右に往くと諏訪神社のある草原で非常に近かった。二人は路の遠近のことは思わなかったが、そうした姿や話を村の人に見られ聞かれしたくないのでそのまま草原の方へ往った。松や榎の木立が月の下に隈をこしらえていた。
「お勝殿、お前の返事を聞かしてはくれまいか」
「はい」
 お勝が返事に困った時、むこうの方で騒がしい人声が起った。
「何かある」
 治左衛門はもうその話を続けることはできなかった。彼は二人で其処へ駈けつけることは憚られたが、お勝に対して躊躇することができないので、平気をよそおうて歩いて往った。
 祠の前には為作と源吉が立ち、その前《さき》の草原の外には冷たくなった林田の体を二人の男が引起そうとしていた。

       六

 地下浪人の林田がお諏訪様の蛇を踏んで死んだという奇怪な噂が広まるとともに、町の人の諏訪神社に対する尊崇の念が高まって来て、祠を改築して高壮な社殿にすることになったが、それには諏訪神社の思召《おぼしめし》にかなっている小供の身内の者が良いと云うことになって、為作が棟梁になって建築にかかった。
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