に寝たり、とぐろを巻いたりしてるから、おいらが、お諏訪様、輪になっておくんなと云うと、輪になったり、おいらが、お諏訪様、這っておくんなさいと云うと、這ったよ」
「そ、そりゃ、ほんとうか」為作は縁側の方へ這いだすように出て来て、「ほんとうか、源吉」
「ほんとうだよ、それからおいらが、お諏訪様、蟹を伴《つ》れて来ておくんなさいと云ったら、たくさん蟹を伴れて来てくれたよ」
「ほんとうか、ほんとうなら、もったいないことじゃ、そんなことをしちゃ神様の罰があたる、神様へお詫びに往かねばならん」
為作はもう夕飯のことも忘れていた。彼は庭におりて桶の水で両手を洗い、へぎを出して塩と米を盛った。
「源吉、さあ、これからお諏訪様へ往こう」
「またお諏訪様へ往くの」
「往って、お詫びをせんと罰があたる」
「そう」
為作は前《さき》に立って歩いた。源吉は後からちょこちょこと歩いた。外は樺色にくすんでいた。二人は出揃うた穂の真直に立っている麦畑の間を出て草原へ入ったが、草原の立木の下は暗かった。
二人はその暗い下を往った。お諏訪様の祠を抱くようにして立った榎の古木はすぐであった。其処は月の光であろう四辺《あたり》が明るくなっていた。為作は怖いような尊いような気がして、平生《いつも》のように平気で往くことができなかった。彼は祠から二間位離れた処へ坐って塩と米を盛ったへぎを前に恭しく置きながら、べったりと両手を突いて頭をさげた。
「今日は、何も知りません孫奴が、畏れ多いことをいたしまして、何ともお詫びの申しあげようがございません、それに悴が亡くなりまして、未だ一年の忌《いみ》ぶくのかかっておる身でございます、がんぜない小供とは申せ、お詫びの申しようもございませんが、そこが父親なしの哀れな小供でございますから、どうかお赦しくださいますように、この爺から幾重にもお詫びをいたします」
為作は平|蜘《ぐも》のようにしていた頭をちょっとあげて、左脇に並んで坐っている源吉の横顔を見た。
「お前もお詫びをしろ」
源吉は平気であった。
「お諏訪様は、怒りゃしないもの、呼んでみようか」
「こ、これ、何を云う」為作はあわてて遮って、「そ、そんな、もったいないことをしてはならんぞ、なんぼ何も知らん小供じゃ云うても、そんことをしては、神様のきついおとがめがあるぞ」
「だってお諏訪様は、おらの云うとおりにしてくれるのだもの」源吉はすまして云って手を合せながら、「お諏訪様、お諏訪様、ちょいと出ておくんなさい」
「しっ、これ、そ、そんなことを申しあげては、ならんと云うに、聞きわけがない奴じゃ」為作はそう云ってからまたべったりと平蜘のように頭をさげて「お聞きくださいまし、こんな物の判らん小供でございます、どうかお気になされないようにお願いいたします」
一心になってあやまっている為作の耳に嬉しそうな源吉の声が聞えて来た。
「お諏訪様が出て来た、お諏訪様が出て来た、お祖父さん、お諏訪様が出て来た」
「なに」為作はお詫びの詞《ことば》を忘れたように顔をあげて前を見た。
「見えるでしょう、お諏訪様が、おいらの方を向いて来る」
しかし、為作には中も見えなかった。
「見えるでしょう、白い※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な蛇よ」源吉は前に指をさして、「それその蛇よ」
草、祠、祠を抱いた榎もはっきり見えるが、他には何もなかった。
「お祖父さんには見えない、見えなくても、も、もったいない」為作はとり乱したように云って地べたへ頭をつけて、「こんな小供の云うことをおとりあげくださいまして、ありがとうございます、ありがとうございます」
「お祖父さんは眼やにをつけてるだろう、顔を洗って来ると見えるのだ」
為作は顔をあげなかった。
「もったいない、もったいない、お祖父さんはどうでもええ、ありがとうございます、ありがとうございます、どうかお引取を願います、お前も何時までももったいないことをしてはならん、早う神様にお引取を願うがええ、もったいのうございます、もったいのうございます」
「お祖父さん、お諏訪様は、今輪になったよ」
「これもったいない、もったいないことを云うてはならんぞ」
「お諏訪様、お祖父さんは、お諏訪様が見えんと云います、蟹を伴れて来て見せてやっておくんなさい」
「罰あたり奴が、そ、そんな我がままを申しあげてはならんと云うに、神様、どうぞ、もう、こんな小供の云うことはおとりあげになりませんように」
「蟹が出た、蟹が出た、お祖父さん、お諏訪様が呼んだから、蟹が木の穴からぞろぞろ出て来たよ」
「もったいないと云うに、罰あたり奴が、そんなことを申しあげてはならんぞ」
「出て来たわ、出て来たわ、お祖父さん、一ぱいの蟹よ、見なさい」
「もったいない、もったいない、もったいないこ
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