に何がある」
「お祖父さんも見えないというから、お前さんも見えないだろう、顔を洗ってくるがいいや、お諏訪様は白い蛇になっているのだよ」
「ほんとうにおると云うなら、俺がこの足で踏み潰してやる」
 林田はそのまま進んで源吉の指をさしている辺《あたり》をぐさと踏んだ。
「お諏訪様が、足に巻きついた」
 源吉の詞と同時に林田はあっと云う叫び声を立てながら、毬を投げたように為作の鼻の前をくるくると転げて往った。

       五

 お勝は牧野の主人の治左衛門に送られて牧野家から帰っていた。それは前夜の事件を話して舅の迎いに来てくれるのを待っていようとすると、治左衛門が月が良いから月を見ながら送ってやろうと云うので、しかたなしに送ってもらうことにしたのであった。
 二人は人家を離れて畑路に入ったところで、治左衛門がおずおずした詞《ことば》で思いがけないことを云いだした。
「お勝殿、わしが今晩、お前を送って来たのは、すこし聞いてもらいたいことがあったからじゃ」
「はい」
「わしは、お前と小供の世話をしたいと思う、お前も知ってのとおり、わしは三年前に妻室《かない》に死なれて、親類や知人《しりびと》から後妻を勧められたが、小供に可哀そうじゃからと、どれもこれもことわって今日まで来たが、お前がわしの家に手伝いに来てくれてから、その決心がにぶって来た」
 お勝は困ってしまった。
「どうかわしに、世話をさしてくれ、小供はきっと立派な者にしてみせる、為作老人もお前に代って、一生不自由なく世話をしてみせる」
「はい」
「わしは、神に仕える地位《みぶん》じゃ、決して嘘いつわりは云わん」
「それは、もう、お志のほどはよく判っておりますが、これは私の一存にはまいりませんし、それに私は賤しい身分でございますから」
「それはかまわない、わしはお前の素性も聞いて知っておる、わしは、それも承知のうえじゃ、人の魂は、その人の心がけしだいで清められる、どうかわしの世話になってくれ」
「それはもう、旦那様のお志のほどは判っておりますが、まだつれあいが亡くなって一年にもなりませんし、私はそんなことは一切考えないようにしております」
「それは、わしにも判っておる、わしもまだ云う時ではないと思うたが、昨夜のようなことがあって、お前の心が他へそれるようなことがあっては、とりかえしがつかんと思うから」
「ありがとうご
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