く光った。
女房はまたそっと座敷に帰った。益之助は何か夢を見たのか判らないことをぶつぶつ云っていた。
「もし、もし、夢を見ましたか」
女房が声を掛けると彼はぐるりと枕の向きを変えたが、もう何も云わなかった。
女房は三度目の女の声を聞いてまた出て往った。入り残った月が蒼白く庭にあった。あの女が雨戸に添うて立っていた。
「あれ程、昨夜も、主人はこの比《ごろ》留守であると申しあげておおきしましたに、それでは困ります」
女房は腹立しそうに云った。と、女は顔をあげた。涙が両眼に光って見えた。
「私は小谷の女《むすめ》でございますが、私の家の先祖から伝わった短刀がございましたが、私の家が没落した時、その短刀は御宝蔵の中へ納められました、どうぞ御主人にお願いして、それを執りだして、祭をしてくださいませ、それでないと、私達一家の者が浮ばれません」
女房はわなわなと慄えた。
「その短刀は、御主人が執りださなくとも、祭さえしてくださいますなら、私が執りだします」
女房の眼は暗んで来た。彼女はあっと云って倒れた。女房は寝床の上に仰向けに倒れたのであった。益之助はびっくりして眼を覚して女房を抱き起した。
「どうした、どうした」
女房は身を慄わして逃げようと悶掻《もが》いた。益之助は抱きすくめて離さなかった。
「どうした、どうした、夢を見たのか、夢を見たのか」
女房はやっと気が注《つ》いて恐ろしそうにして益之助の顔を見た。
朝になって起きあがろうとした女房の枕頭に、白木の鞘に入れた短刀があった。奇怪なその短刀は直ぐ小松家の仏壇に置かれた。
その朝藩庁に宿直していた役人の許へ御宝蔵の番人が来た。番人は昨夜御宝蔵へ盗賊が入って小谷の持物であった短刀を盗んで逃げたが、その後姿は小松益之助殿にそっくりであったと云った。それがために益之助が朝飯を喫っていると詮議の者が突然来た。益之助は彼の短刀の我家に来た筋道を明かにすることができなかった。彼は女房を殺した後で己《じぶん》も自殺してしまった。
底本:「日本の怪談」河出文庫、河出書房新社
1985(昭和60)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年
入力:大野晋
校正:地田尚
2000年5月30日公開
2000年6月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング