ゐるなら、刑事が来ても気が付かない、さうして時間を過ごしてゐて、刑事の眼が遠のいたら逃げようと思ひ出した彼はそのまゝ橋の下の暗い所へ行つて着物を脱いで円めて置くなり、足袋裸足となつて走つて出た。
白いシヤツの群は、もう見えなくなつて、左側のベンチにその仲間らしい者が、三人ばかり腰をかけてゐるのが微白く見えた。清は皆がゐなくなつたのに、一人で走つてゐるのは嫌疑を増す原であると思つたので、走ることを止めて、大跨で白いシヤツのゐるベンチの方へと歩いて行つた。
三人は黙つてゐて咳もしなかつた。清はどんな人だらうと思つて、その顔を覗いた、それは首から上の無い胴体ばかりの者であつた。彼は吃驚して逃げ走つた。
中が太鼓に脹んだ小さな石橋を渡つたところで、やつと周囲が判つて来た。清は恐る恐る後の方を見た後に前の方に眼をやつた。二人連の男が向ふからやつて来た。それは怪しい風体の者で、一人は昨年の春、東京を逃げる時に追つかけまはされた白痘痕の刑事の顔であつた。彼は逃げようとしてうろうろしてゐると、すぐ傍に電柱のあるのが眼に入つた。彼はとつさにそれを避難所にしようと思つて、足音を立てないやうにそつと寄つて行つた。
二人の男は、すぐ傍へやつて来た。清はそろそろと電柱に登つて行つた。其処には漏電しかけた電線が彼の来るのを待つてゐた。
牡蠣船で一杯やつて公園をぶらぶらしてゐた二人の会社員は、電柱の上から落ちて来た職工のやうな若い男の死体を見付けて驚いた。
底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日初版発行
初出:「黒雨集」大阪毎日新聞社
1923(大正12)年10月25日
入力:川山隆
校正:門田裕志
2009年8月12日作成
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