、何人かゞ此方の方へ曲つて来ようとした。
(来た、)
安三がいつた時には、もう女から離れて逃げようとしてゐた。
(財布がありまつせ、)
安三の声に気が注いて、離れようとした女の懐に手をやると、蟇口らしい物がすぐ手に触れた。で、それを掴むなり走つたが、走つてゐる内に安三と別れ別れになり、一人下宿へ帰つて、赤い衣でこしらへたその蟇口を開けてみると、三十円に近い金が這入つてゐた。……
しかし清は、安三が幾等何んといつたところで、金の有無を知らう筈がないと思つてゐるので、気が強い。
「しつこい奴だな、好いかげんにしろ、君は俺がごまかしてるとでも思つてるのか、何か証拠でもあるのか、」
「証拠はありやへん、あたいは見てへんから、」
「見てゐないに、君は怪しからんことをいふぢやないか、」
「ヘツ、ヘツ、ヘツ、ヘツ、」
「馬鹿、人が笑つてるぜ、」
清は背後の食卓にゐる洋服を着た会社員ふうの男が、此方を見て笑つてゐるのに気が注いた、其処には白粉をこて/\塗つた顔の平べつたい女中がゐて酌をしてゐた。
「あたい何もいひたい事ありやへんがな、あんたがけたいな事をいふよつて、笑つとりまうがな、」
「もう好い、よせ、俺は手前達に、おどかされるやうな男ぢやない、ぐづ/\いふと承知しないぞ、」
「さうだつか、あたいも承知しまへんがな、あんたが江戸つ子なら、あたいは大阪つ子や、」
「手前は、俺に向つてそんなことをいふのか、承知しないぞ、野郎、」
「そないなことをいうて、おどかしたかて、あたい、こはくはありまへんがな、」
「よし、好い、野郎、出て来い、外へ出よう、」
清はこんな無礼なことをそのまゝにして置いては、この先しめしが利かなくなると思つた。彼は懐に手を入れて背後を向いて強ひて笑つた。
「姉さん、幾等になる、」
女中は見附の台の傍に立つて、帳場のお神さんと口を利いてゐたが、勘定と聞いてやつて来た。
「一円九十五銭になります、」
清は金を出した。
「よし、勘定が二円、これは姉さん、」
女中に五十銭札を置いてから、安三を睨むやうにして腰をあげた。
「出よう、」
安三も肩を聳かしてゐた。
「出まつせ、」
清は先に立つて出ながら安三を尻目にかけた。
二人が外へ出て迫つた感情をぴつたり並べたところで、一人の男がそゝくさやつてきた。
「や、松原さんだつか、えゝところや、」
清は聞き覚
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング