ょっこり前へきて立った。
「あなたのお陰で、五年間生命が延びました、どんなお礼でもいたします、言ってください」
黄いろな服の男は、
「私は何もいらない、華山の神へ約束の金を献上して、私を門番にしたいと言ってもらいたい、そうすると、私の苦痛もなくなる、私はもと宣城《せんじょう》の生れで、脚夫《きゃくふ》をしていた関係で、死んでからも死人の籍を運送することを言いつかっている」
と言い言い歩いて往って、そこの柏《かしわ》の木の傍で消えてしまった。
張は華陰の旅館へ帰ったが、華山の神へ献上する金が惜しくなった。彼は奴僕の一人に言った。
「千の金を献上する約束をしてきたが、千ありゃ、十晩の費用が出る、土偶像《でくのぼう》にくれてやるは惜しいじゃないか」
奴僕はてんでそんなことは信用していなかった。
「そうでございますとも」
翌日張は華陰を出発して、十日ばかりの後に偃師《えんし》という処まで往った。そして、旅館に着いて休息していると、闥《こもん》を開けて入ってきた者があった。それは黄いろな服を着たかの脚夫であった。
「あなたは嘘|吐《つ》きだ、もうなんと思っても、助けてやることができない」
張は怕《こわ》くなったので、その男にすがって話をつけてもらおうとしたところで急に見えなくなった。
夜になって張は急に病気になった。張はもうとても逃れないと思ったので、遺言状を書いて妻子の許へ送ろうと思って、筆を持って書きだしたが半分も書かないうちに死んでしまった。
底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年11月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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