と悴を呼ばないようにしてください。あまり有難く思いませんから。」
 武はそれに敬礼したままで恥じて帰って来た。
 半年ばかりしてのことであった。武の家の者が不意にいった。
「七郎は獲《と》った豹《ひょう》を争って、人をなぐり殺して、つかまえられました。」
 武はひどく驚いてかけつけた。七郎はもう械《かせ》をはめられて監獄の中に入れられていた。七郎は武と顔を見合わして黙っていたが、ただ一言いった。
「どうか母のことを願います。」
 武は心を痛めながらそこを出て、急いでたくさんの金を邑宰《むらやくにん》に送り、また百金を七郎の讎《かたき》の家へ送ったので、一ヵ月あまりで事がすんで七郎は釈《ゆる》されて帰って来た。母親は悲痛な顔をしていった。
「お前の体は武公子からもらったのだから、もうわしが惜むわけにいかない。ただわしは、公子が一生を終るまで、災難のないように祷《いの》っている。それがお前のさいわいなのだ。」
 七郎は武の家へいって礼をいおうとした。母はいった。
「いくならばいってもいいが、公子に礼をいってはいけない。小さな恩は礼をいうが、大きな恩は、決して礼をいってはいけない。」
 七郎は武の家へいって武に逢った。武はやさしい言葉で慰めた。七郎は武のいうことを聞くのみであった。武の家の者は七郎の礼儀を知らないのを怪しんだが、武はその誠の篤《あつ》いのを喜んでますます厚遇した。それから七郎はいつも三、四日武の家に滞在していくようになった。物を送ると皆取って、先のように遠慮しないと共に返しのこともいわなかった。
 ちょうど武の誕生日が来た。客と家の者とが繁《しげ》く出入して、夜もさわがしかった。武は七郎と小さな室《へや》へ寝たが、三人の下男はその寝台の下へ来て藁《わら》を敷いて寝た。二更がもう過ぎようとすると下男達は皆睡ってしまったが、武と七郎はまだそれからそれと話していた。七郎の腰につけている刀が壁際にかけてあったが、それが不意にひとりでに抜けて、鞘《さや》から二、三寸ばかり出て、ちゃりんという響と共に、その光がぎらぎらと電《いなずま》のように光った。武は驚いた。七郎も起きて、
「下にいる者は何人《なんぴと》です。」
 と訊《む》いた。武は、
「皆下男です。」
 と答えた。七郎がいった。
「このうちに、きっと悪人がおります。」
 武はその故《わけ》を訊いた。七郎はいった
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