田七郎
蒲松齢
田中貢太郎訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)武承休《ぶしょうきゅう》は
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)皆|濫交《らんこう》だ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《たお》れた
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武承休《ぶしょうきゅう》は遼陽《りょうよう》の人であった。交際が好きでともに交際をしている者は皆知名の士であった。ある夜、夢に人が来ていった。
「おまえは交游天下に遍《あまね》しというありさまだが、皆|濫交《らんこう》だ。ただ一人|患難《かんなん》を共にする人があるのに、かえって知らないのだ。」
武はそこで訊いた。
「それは何という人でしょうか。」
その人はいった。
「田《でん》七郎じゃないか。」
武は夢が醒《さ》めて不思議に思い、朝になって友人に逢って、田七郎という者はないかと訊いてみた。友人の一人に知っている者があって、それは東の村の猟師《りょうし》であるといった。武はうやうやしく田七郎の家へ逢いにいって、馬の鞭で門をうった。間もなく一人の若い男が出て来た。年は二十余りであった。目の鋭い腰の細い、あぶらぎった帽《ぼうし》と着物を着て、黒い前垂《まえだれ》をしていたが、その破れは所どころ白い布でつぎはぎしてあった。若い男は手を額のあたりで組みあわして、どこから来たかと訊いた。武は自分の姓を名乗って、そのうえ途中で気持ちが悪くなったから暫時《しばらく》やすましてくれとこしらえごとをいって、それから七郎のことを訊いてみた。すると若い男は、
「私が七郎だ。」
といって、とうとう武を家の内へ案内した。それは破れた数本の椽《たるき》のある小家で、崩《くず》れ堕《お》ちようとしている壁を木の股で支えてあるのが見えた。そこに小さな室があった。そこには虎の皮と狼の皮があって、それを柱に懸《か》けたり敷いたりしてあったが、他に坐るような腰掛も榻《ねだい》もなかった。
武が腰をおろそうとすると七郎は虎の皮を敷いて席をかまえた。武はそこで七郎と話したが、言葉が質朴であったからひどく喜んで、急いで金を出して生計《くらし》をたすけようとした。七郎は受けなかった。武は強いて
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