まいりました。人びとは前へ前へと出ますから、行列は右に曲り、左に折れて、真直に歩けませんでした。
そのうちに門跡様のお駕籠が眼の前にまいりました。大波の崩れるような念仏の声が四辺《あたり》に湧きかえりました。門跡様のお駕籠を拝もうとする者が我れ前《さき》にと雪崩を打って進みましたから、忽ちお駕籠が動かなくなりました。お駕籠の垂れは深ぶかとおろしてありますから、お姿を拝むことはできなかったのです。幸い手前の方におりましたから、お駕籠の中に物の気配のするのをはっきりと感じました。なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ。
その時でありました。手前の背後《うしろ》の方から背の高い婆さんが、がむしゃらに人を突き退けるようにして前へ出て来ました。私もすんでのことに、その婆さんに突き飛ばされるところでありました。
「ひどいことをしやがる婆あだ」
「婆さん、後生の悪いことをするない」
などと、その婆さんに向って怒る人もありました。手前も癪に触りましたが、場合が場合でありましたからして、すぐ懐しい朋友《ともだち》のような気になって、婆さんのすることを見ておりました。婆さんの頭には白髪《しらが》の
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