地獄の使
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)紫苑《しおん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)孫|女《むすめ》
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 昼飯がすむと、老婆は裏の藪から野菊や紫苑《しおん》などを一束折って来た。お爺さんはこの間亡くなったばかりで、寺の墓地になった小松の下の土饅頭には、まだ鍬目が崩れずに立っていた。
 老婆はその花束を裏の縁側へ置いて、やっとこしょと上へ昇り、他処《よそ》往きの布子《ぬのこ》に着更え、幅を狭く絎《く》けた黒繻子の帯を結びながら出て来たところで、人の跫音がした。表門の方から来て家の横を廻って来る静な跫音であった。
「話が長くなるとお墓参りがおくれるがなあ」
 老婆は気がねのいる人が来たではないか、と思ってちょっと困った。家の隅になった赤い実の見える柿の木の下へ、嬰児《あかんぼ》を負った婦《おんな》が来た。それは孫|女《むすめ》であった。
「ああ、お前か、私はまた何人《だれ》かと思ったよ」
 孫女は隻手に手籠を持っていた。彼女は老婆と顔を見あわすと、にっと口元で笑ったが、老婆の着更をしているのを見ると、
「お墓参り」
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