金が出来るのか、他とちがって地獄から来た者じゃ、べんべんと長くは待たれない、すぐ出来るなら持って往ってやっても好い」
 と、青鬼が云った。老婆はもう涙を滴して口をもぐもぐさしていた。
「できます、できます、手許にはないが、親類にあずけてありますから、じき執って来ます、どうぞちょっと待ってくだされ」
「すぐ執って来るなら待ってやっても好いが、遅くはないだろうな」
 と、青鬼が念を押した。老婆は気がうわずったようになっていた。
「ど、ど、して、遅くなりますものか、小半時もかかりません、どうぞ、ちょっと待ってくだされ、お爺さんがいとしい」
「しかし婆さん、俺達は地獄の使じゃ、こんなことを他の人間に話したりすると、俺達も此処にこうしていられん、そんなことは云わずに、金を持って来んといかんぜ」
 と、赤鬼が云った。老婆は話の中から頷いていた。
「それは、もう、そんなことをなにしに申しましょう、黙って執って来ますから、どうぞ待ってくだされ」
「そんなら好い、待ってやる」
 と、青鬼が云うと、老婆は急いで表の方へ出て往った。青鬼と赤鬼はその後を見送って、耳を澄ますようにしていた。
 老婆の雨戸を締めて出て往く音がした。青鬼は手にした鉾を襖に立てかけた。
「旨くいったな」
「うむ、旨くいった」
 と、赤鬼も鉾を襖に立てかけた。
「すこし休もうか」
 と、青鬼がまた云った。
「よかろう」
 と、赤鬼が同意した。そして、二疋の鬼は其処へ胡坐をかいた。
「脱いでも好いだろう」
「そうじゃ、脱いでもいいな」
 二疋は首の周囲に手をやって、何かかさかさとやっていたが、やがて赤鬼からさきに鬼の顔を除ってしまった。皆鬼の面を着ていた者であった。赤鬼の面を着ていたのは、壮《わか》い色の白い男で、青鬼の面を着ていたのは、頬髯の濃い角顔の男であった。
「旨くいったな」
「大丈夫じゃ」
 青鬼の方の男は行灯の灯で、仏壇に供えてある餅を見つけた。
「好い物があるぞ」
 と、彼は起って仏壇に手をやり、二つの餅を執って来て、一つを赤鬼の男にやってその一つを己の口に入れた。

 寝ていた本家を起して、すこし都合があるからと、預けてあった金の中から五十両を無理から貰って、急いで我家《うち》へ帰って来た老婆は、仏壇の間へ入るとともに驚きの声を立てた。老婆の挙動に不審を抱いて、その後から尾行して来た本家の主人は、その
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