ないので、気概のある者は山林に隠れるか、詞曲に遊ぶかして、官海に入ることを好まないふうがあった。世高もその風習に感化せられて、功名の念がすくなく、詩酒の情が濃《こまや》かであった。
その時世高は二十歳を過ぎたばかりであったが、佳麗な西湖の風景を慕うて、杭州へ来て銭塘門《せんとうもん》の外になった昭慶寺の前へ家を借りて住み、朝夕湖畔を逍遥していた。ある日往くともなしに足に信《まか》せて断橋へ往ったところで、左側に竹林があってその内から高い門が見えていた。近くへ往って見るとその門には喬木世家《きょうぼくせいか》という※[#「匚<扁」、第4水準2−3−48]《がく》をかけてあった。
世高は物好きにどんな庭園であるか、それを見てやろうと思って入って往った。槐《えんじゅ》と竹とが青々した陰を作った処に池があって、紅白の蓮の花がいちめんに咲いており、その花の匂いがほんのり四辺《あたり》に漂うているように思われた。世高はその庭の景致《けいち》がひどく気に入ったので、池の縁に立って佳い気もちになっていた。
「おや、綺麗な方だわ」
若い女のすこしはすっぱに聞える無邪気な声が不意に聞えてきた。世高の
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