眼はすぐ声のしたと思われる方へ往った。池の左、そこにある台※[#「木+射」、第3水準1−85−92]《だいしゃ》の東隣となった緑陰の中に小さな楼《にかい》が見えて、白い小さな女の顔があった。それは綺麗な眼のさめるような少女であった。
世高は女のほうをじっと見た。そうした少女から己れの容姿を見とめられて、多感な少年がどうして平気でいられよう。彼は吸い寄せられるようにその方へ往きかけたが、ふと考えたことがあったので引返して門の外へ出た。それはその少女の素性を訊くがためであった。
花粉《おしろい》や花簪児《かんざし》を売っている化粧品店がそのちかくにあった。そこには一人の老婆がいて店頭《みせさき》に腰をかけていた。世高はそこへ入って往った。
「すみませんが、すこし休ましてくれませんか」
老婆は気軽く承知した。
「さあさあ、どうぞ、だが、あげるような佳いお茶がありませんよ」
世高は老婆の信実《まこと》のある詞《ことば》が嬉しかった。彼は老婆に挨拶して腰をかけながら言った。
「お婆さんは、何姓ですか」
「今は施《し》姓ですが、母方のほうは李姓ですよ、所天《ていしゅ》が没《な》くなってから十年になりますが、男の子がないものだから、今にこうしております。私の所天の排行《はいこう》が十に当るから、人が私を施十娘《しじゅうじょう》というのですよ、あなたは」
「私は姑蘇の者で、文というのです、この西湖の山水を見にきて遊んでいるのですよ」
「では、あなたは風流の方ですね」
世高は老婆がただの愚な田舎者でないことを知って、ものを訊くにもつごうがいいと思った。
「お婆さん、この隣に大きな門の家がありますね、あれはどうした家ですか」
「ありゃあ、劉万戸《りゅうまんこ》という武官の家ですよ、あんな大家だが、男のお子がなくて、お嬢さんが一人あるっきりですよ、秀英さんとおっしゃってね、十八になります、まだお嫁いりなさらないのですよ」
「十八にもなって嫁にゆかないとは、どういうわけでしょう、そんな家で」
「そりゃあね、お嬢さんが御標格《ごきりょう》が佳いうえに、発明で、詩文も上手におできになるから、相公《だんな》がひどく可愛がって、高官に昇った方を養子にしようとしていらっしゃるものだから、それに当る人がのうて、まだそのままになっておりますが、だんだんお歳がいくので、お可哀そうですよ」
「お婆
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