うれしかった。狸は庄造に馴《な》れて庄造が帰れというまで何時《いつ》まででも遊んで往くようになった。
 某夜《あるよ》狸がいつものように庄造の傍で遊んでいるうちに戸外は大雪になった。庄造は積った雪を見て狸を帰すのが可哀そうになった。で、狸の頭を撫でながら、
「おい、たぬ公、今夜は雪だから泊って往け」
 と云うと狸は尻尾を掉って喜んだ。其の夜狸は庄造の床の中へ入って寝たが、それから狸は庄造の許で泊って往くようになった。
 庄造が狸を可愛がっていることは、やがて村中の評判になった。村人は時どき夜の明け方などに、庄造の家から出て往く狸の姿を見ることがあったが、互にいましめあって危害を加えなかった。そして、村の子供達にも、
「先生様の狸に悪戯《いたずら》しちゃいかんぞ」
 と云い云いした。ところで、其の庄造が病気になった。初めはちょっとした風邪《かぜ》であったが、それがこうじて重態に陥った。村人達はかわりがわり庄造の病気を見舞ったが、其の都度庄造の枕許《まくらもと》に坐っている狸の殊勝な姿を見た。庄造は自分の病気が重って永くないことを悟ったので、某日其の狸に云った。
「お前とも永らくの間、仲よくして来たが、いよいよ別れなくてはならぬ日が来た。私がいなくなったら、もうあまり人に姿を見せてはならんぞ。それにどんなことがあっても、田畑などは荒さぬようにしろよ。さあ、もういいから帰れ」
 庄造の言葉が終ると狸は悄然《しょうぜん》として出て往った。其の夜、庄造は親切な村人達に看《み》とられて息を引きとった。それは安永《あんえい》七年六月二十五日のことであった。
 それから数日の後のことであった。一日の仕事を終った村人の一人が家路に急ぎながら、庄造の墓の傍近くに来かかった時、其の墓の前に、蹲っている女の姿が眼に注《つ》いた。其の女は美しい衣服《きもの》を着て手に一束の草花を持っていた。そして、よく見ると女は泣いているらしく、肩のあたりが微《かすか》に震えていた。それは此の附近ではついぞ見かけたことのない女であった。村人は何人《たれ》だろうと思って不審しながら其の傍へ往った。
「もし」
 村人がこう云って声をかけた途端、其の女の姿は忽然と消えてしまった。そして、其の傍には女が手にしていた草花が落ちていた。村人達はそれを聞いて、それはきっと例の狸だったろうと云って、其の行為を殊勝がったが、
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング