も神経をいらだたせるようなことはなかったが、それでいて物事が面白くなかった。
「やっぱり、俺は体のせいだ」
光長はそう云うことを思うのも苦しくなって、坐っているのが億劫になって来たので、盃を置くなり、体をごろりと横に倒して、左の手に頭を支えながら庭の方へ顔を向けた。涼しい風がもそりもそりと動いて来た。光長は気もちが好かった。
「好い気もちだ」
暗かった庭が次第に明るく見えて来た。芒の穂の縞目がはっきり見えるような気がして、光長はその芒の叢に眼をやっていた。と、強い風が吹いて来たようにそれがさわさわと動きだした。犬か猫かなにかそうした物が寝ているのではないかと思って、じっと眼を据えたところで、その中から這いでて来たように一人の少年が起ちあがって、それが此方《こっち》の方へ向いて歩いて来た。十二三に見える痩せた男の子であった。光長はすぐ彼《あ》の少年は盗人に来たに違いないから、もすこし見届けたうえで、もし盗人であったら酷い目にあわした後に将来を戒めてやろうと思った。光長は咳《しわぶき》もしないようにして見ていると、少年はすぐ立ちどまって、後の方を見るようにした。ついすると他の大人の盗人があって、彼《あ》の小供に用心を見せに来ているかも判らないと思った。
光長はじっと少年の容子を見ていた。と、物の気配がして今度は萩の繁みの中から黒いまん円い影が見えて来た。光長はいよいよ大人が這いながら出て来たところだと思った。もし盗人であったら一矢に射殺してやろうと思った。彼は座敷に立てかけてある弓のことをすぐ考えた。考えながらその黒いまん円い影に注意した。それは背のひくい横に肥った少年であった。彼は痩せた少年を追って来るように、ひょこひょこと歩いて来たが、痩せた少年の傍へ往くなり、いきなりそれに組みかかって往った。すると痩せた少年はそれを組ませずに突き倒そうとした。
光長は盗人の用心のことを忘れてしまって、不思議な少年の容《さま》を見はじめた。円く肥った少年と痩せた少年は、いっしょになったり離れたりして、相手を突き倒そうとする容《ふう》であった。光長はやっとその少年達が角力を執っていると云うことを知った。しかし、草の繁った中から這い出て来て角力を執る少年の素性がどうしても合点が往かなかった。庭の前《さき》は築地になって用心を厳しくしているので、少年達が入って来られる隙はない。そ
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