るから思うようには急げなかった。彼は蒲東《ほとう》から興安《こうあん》へ出て布店《ぬのみせ》をやっている舅《おじ》の許《もと》にいて、秦晋《しんしん》の間を行商している者で、その時は興安へ帰るところであった。
その日は褒斜《ほうしゃ》を朝早く出発していた。その危険な道の中でもわけて危険な処があると、二十歳になったばかりの若い主人は僕に注意した。
「おい、あぶないよ、此方を歩かないといけないよ」
小柄な色の白いまだどこか小供小供したところのある男は細かい神経を持っていた。
「おい、そんな処を歩いてはいけない、あぶないじゃないか」
道は山の出っ鼻を廻って往った。樹と巌が入り乱れた処があって、夕陽の光が山風の中に物凄い色を見せていた。僕がさきになってその方へ往った。左側には深い壑があった。
道は爪前《つまさき》さがりになっていた。杜陽は滑らないように脚下《あしもと》に注意していた。と、不意に僕の叫ぶ叫び声がした。それはなんとも形容のできないおそろしい声であった。杜陽はびっくりして前の方を見た。牛ほどもあるおおきな獣が後ろにのけぞった僕の胸のあたりに口をやっているところであった。杜陽は
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