のつくり」、31−3]紗燈の少年がきて立っていた。杜陽はその後から随いて往った。
 広い応堂《きゃくま》があって、五色になった衣服を着た顔の赤い四十前後の男が腰をかけていた。
「あれが旦那様でございます」
 ※[#「糸+逢のつくり」、31−6]紗燈の少年はそう言って出て往った。杜陽はそこで恭《うやうや》しく主人に向って礼をした。主人は席を離れてきた。
「さあ、どうか、君を待ちかねておった」
 杜陽は主人の言うままになって主人の席の前へ往って腰をかけた。
「ようこそ」
 主人は親しそうに言ったが、杜陽は不安だから俯向《うつむ》いていた。
「君は家の女《むすめ》と夙縁《しゅくえん》があるから、今晩婚礼しなくてはならないよ」
 杜陽は恐ろしかった。
「何も心配することはないよ、君の婚礼はとうから定まっておったよ、だから私は、君のくるのを待っておった」
 五六人の侍女が主人の傍へきていた。主人は侍女に向って言った。
「婚礼の準備《したく》をするが宜い」
 侍女達は引込んで往ったが、間もなく数十人の侍女が堂《へや》の中へいっぱいになるように出てきて、それが幕を張り席をこしらえはじめた。杜陽は心配そうな眼をしておずおずとそれを見ていた。
 簫《しょう》の音が起って騒がしかった堂の中が静かになってきた。繍《ぬいとり》のある衣服を着てかつぎをした女が侍女に取り巻かれて出てきた。
「さあ、どうかこちらへ」
 数人の侍女が杜陽の傍へきた。杜陽はどうしていいか判らなかった。
「君も往って式をすますが宜いだろう」
 主人が言った。杜陽はふらふらと起って侍女に引きずられるように紅い瓔瑜《しとね》の処へ往った。
 花嫁と花婿は其処で拝をしあった。女の体に塗った香料の匂いが脳に浸みて杜陽の心を快惚《かいこつ》の境へ誘った。彼は夢心地になって女の室へ伴れて往かれたのであった。
 杜陽は恥かしそうに俯向いている綺麗な少女と向きあっていた。杜陽はこの女は姑射《こや》の飛仙ではないかと思った。
「幾歳《いくつ》になります」
 杜陽は他に言うことがないのでそう言って聞いてみた。
「十六よ」
 女は紅くなっている顔を見せた。
「私はまだ姓も聞かなかったが、なんといいます」
「陳よ」
「お父様は、どんな官をなされておりました」
「お父様は、一度も仕えたことなんかないわ」
「そう」
 其処には青い焔を吐いている燭が、とろとろと燃えていた。

 杜陽は紅い霞に包まれているような心地《きもち》になっていた。その杜陽の眼に結婚の祝いにくる数十軒の親類の人達が映ったが、皆金のある身分のある人ばかりのようであった。
 杜陽はその親類の中で主人の甥《おい》になるという男とすぐ友達になった。それは封という眼の鋭い背の高い大きな男で、怒りっぽい性質であったが杜陽には優しかった。
「封哥《ほうたい》さんは、怒りっぽい方だから、気をつけてくださいよ、お父様は、あなたを此処の後継者《あととり》になされようとしてますから、親類の者にどうかわるく思われないようにね」
 女は時どきこんなことを言って杜陽に注意したが、彼はべつに気にかけなかった。
 そのうちに女は妊娠して小供を生んだ。親類の者は集まってきてその生れた小供の祝いをした。杜陽は封生と二人で祝いの席をはずして女の室で酒を飲んでいた。
 それは夏のことで酷く暑かった。封生はいきなり諸肌《もろはだ》を脱いで盃を手にした。杜陽にはその不行儀《ぶぎょうぎ》が面白くなかった。
「此処はあれの室じゃないか、たとえいなくっても、あまり無礼じゃないか」
 すると封生が怒った。
「生意気なことを言うない、小僧っ子の癖に何を言うんだ、可哀そうな奴だから、此処へ置いて世話をしてやってれば、つけあがって、乃公《おれ》に向って唇を反《そら》すとはなんだ、乃公が黙ってれば、いい気になりやがって」
 杜陽も負けてはいなかった。彼はいきなり傍の銅躋《とっこ》を取って封生に向って投げつけたが、それでも怒りが収まらないのでその袖を掴んでびりびりと引き裂いた。と、同時に封生の体は跳りあがって、咆哮《ほうこう》する声が四辺の空気を顫《ふる》わした。杜陽は後ろへひっくりかえった。獣の咆哮するような声がまた起った。
 祝いの席にいた親類の者がばらばらと走ってきた。親類の者は猛り狂う封生を総がかりでなだめなだめ外へ伴れて往った。杜陽は起きあがってそれを追って出て往った。
「馬鹿、狂人《きちがい》、汝《きさま》なんぞに負けるものかい、さあ勝負をしよう、おい、逃げるのか、ようやらないのかい」
 杜陽のそうした容《さま》を主人は階廊《かいろう》に立って見ていた。其処へ女が心配してきた。
「私はあの男を後継者にしようと思っていたが、もうしかたがない、それにあれをあんなに怒らしたなら、あの男の生
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング