この中に竹青がもしいるなら、残っておいで」
 と言って祈ったが、鴉は食べてしまうと飛んで往って一羽も残らなかった。
 魚は後に官吏になって帰ってきたが、また呉王廟に参詣して、羊と豚を供え、一方にたくさんの食物をかまえて、鴉の友達に御馳走をした。そしてまた竹青のことを言って祈ったが、その日も残る鴉はいなかった。
 魚はその晩舟を湖村に繋いで燭《ひ》の側《そば》に坐っていた。と、鳥のようにひらりと入ってきて几《つくえ》の前に立ったものがあった。みると二十《はたち》ばかりの麗人であった。にっと笑って、
「お別れをしてから、御無事でしたか」
 と言った。魚はめんくらって訊いた。
「あなたは、何人ですか」
「あなた、竹青をお忘れになって」
 魚は喜んだ。
「何所《どこ》から来たかね」
「私は、今、漢江の神女となっていますから、故郷《うち》へ帰ることはすくないのですが、鴉の使いが二度も来て、あなたの御心切を知らしてくれましたから、お眼にかかりに来たのです」
 魚はますます喜んだ。ちょうど久しく別れていた夫妻のように懽恋《かんれん》にたえなかった。そこで魚は竹青を自分の故郷へ伴れて往こうとした。

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