雲が地平線に盛りあがっていて、陽はもう見えなかった。
鴉の声が騒がしく聞えてきた。大異はもうあわててもしかたがないから、このあたりで一泊しようと思った。栢《すぎ》の老木が疎《まば》らな林をなしているのが見えた。騒がしい鴉の声はその林から聞えていた。木の下なれば草の中に寝るよりはよっぽど好いと思った。大異は林の方へ往った。
林の外側に並んだ幹には残照《ゆうばえ》が映って、その光が陽炎《かげろう》のように微赤《うすあか》くちらちらとしていたが、中はもう霧がかかったように暗みかけていた。大異は林の中へ入ってすぐそこにあった大木の根本へ坐って、幹に倚《よ》っかかり、腰の袋に入れていた食物を摘《つま》みだして喫《く》いはじめた。
※[#「休+鳥」、第4水準2−94−14]※[#「留+鳥」、第4水準2−94−32]《ふくろう》の鳴く声が鴉の声に交って前《むこう》の方から聞えてきたが、どこで鳴いているのか場所は判らなかった。ふおうふおう、ふうふう、ふおうふおうというように鳴く※[#「休+鳥」、第4水準2−94−14]※[#「留+鳥」、第4水準2−94−32]の声の後から、また獣の鳴くような声も聞えてきた。心に余裕のある大異は、うっとりとそれらの声を聞きながら食事をしていた。
頭の上の方で騒がしく鳴いていた鴉が、急に枝葉をかさかさいわしながらおりてきはじめた。五羽、十羽、二十羽。それが鳴きながら一方の跂《あし》だけで地べたをとんとんと飛ぶのもあれば、羽ばたきをしながら走るのもあって、それが大異の周囲をぐるぐると廻りだした。
鴉はみるみる数百羽になって、かあかあ、があがあと何か事ありそうに叫びながら廻った。大異はもう食事するのを輟《や》めていた。不思議な鴉の容子を見ていた大異の眼は、すぐ左の方の鴉の群の廻っている所に、四つばかり干からびた死骸のあるのを見つけた。大異は今までなかったものであるのに、どういうものだろうと思って、やるともなしに右の方へ眼をやった。と、そこにも五つばかり死骸のあるのが見えた。大異はなんだか気になってきたので、自分は夢でも見ているのではあるまいかと思った。
冷たいしめっぽい風が枝葉に音をさして吹いてきた。大異が気が注《つ》いて顔をあげたところで、大粒の雨がばらばらと落ちてきた。大異は驚いて顔をひいた。白いぎらぎらする光が林の中をかっと照らした。と、
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