、扈従臨むところ野に青草無し。而して某|方《まさ》に炎々赫赫、寵を怙《たの》みて悔ゆるなく、召対《しょうたい》方《まさ》に闕下《けつか》に承け、萋斐《せいひ》輒《すなわ》ち君前に進む。委蛇《いい》才《わずか》に公より退けば、笙歌已に後苑に起る。声色狗馬《せいしょくくば》、昼夜荒淫、国計民生、念慮に存ずるなし。世上|寧《むし》ろ此の宰相有らんや。内外|駭訛《がいか》、人情|洶々《きょうきょう》、若し急に斧※[#「金+質」、185−5]《ふしつ》の誅を加えずんば、勢必ず操莽《そうぼう》の禍を醸成せん。臣夙夜《しんしゅくや》祗《つつし》み懼れ、敢て寧処《ねいしょ》せず。死を冒して列款《れつかん》し、仰いで宸聴《しんちょう》に達す。伏して祈る奸佞の頭《かしら》を断ち、貪冒《たんぼう》の産を籍し、上は天怒《てんど》を回し、下は輿情を快にせんことを。如《もし》果して臣の言|虚謬《きょびゅう》なれば、刀鋸鼎※[#「金+護のつくり」、第3水準1−93−41]《とうきょていかく》、即ち臣が身に加えよ、云々」と言ってあった。
 上奏は終った。曾はそれを聞いて顫えあがった。それはちょうど冰水《ひょうすい》を飲んだように。しかし幸いに天子は心にゆとりのある方であったから、宮中に留め置いて発表しなかった。継いで吏部戸部礼部兵部刑部工部の給事中、各道の監察御吏、及び九卿が、それぞれ曾の罪悪を上奏弾劾した。
 そこで昨日まで門口に来てお辞儀をして、曾をかりの父親と呼んでいたような者も、顔をそむけるようになった。朝廷では天子の旨を奉じて曾の家を没収して、曾を雲南軍に往かせることにした。曾の子の任は平陽の太守であったが、もう人をやって吟味をさしてあった。曾は家を没収せられ雲南軍にやられるということを聞かされて驚きおそれていると、やがて数十人の剣を帯び戈《ほこ》を操った武士が来て、そのまま内寝《いま》へ入って曾の衣冠を褫《は》いで、妻といっしょに縛った。みるみるうちに数人の人夫が財宝を庭に出しはじめた。金銀銭紙幣数百万、真珠|瑪瑙《めのう》の類数|百斛《ひゃくこく》、幕《まく》、簾《すだれ》、榻類これまた数千事。そして児《こども》の襁褓《おむつ》や女の※[#「焉」の「正」に代えて「臼」、186−4]《くつ》などは庭や階段にちらばって見えた。曾は一いちそれを見て悲しみもだえた。また不意に一人の者が曾の愛
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