。日がもう暮れようとした。夫婦は子供の尸を取りあげ、粗末な葬式をすることにして、近くへいって撫《な》でてみるとかすかな息が聞えた。二人は喜んで榻《ねだい》の上へあげた。
 夜半ごろになって子供はいきかえった。夫婦の心はやや慰められたが、ただ子供はぼんやりしていて、かすかな息をして睡《ねむ》ろう睡ろうとするふうをした。成はその時気がついて虫の篭を見た。篭の中には何もいなかった。そこで成は息がつまりそうになった。成はもう子供のことを考えなかった。
 成は終夜まんじりともしなかった。そのうちに朝陽が出て来た。ぐったりとなって心配している成の耳に、その時不意に門の外で鳴く促織《こおろぎ》の声が聞えて来た。成はびっくりして起きて見にいった。虫はまだ鳴いていた。成は喜んで手を持っていった。虫は一声鳴いてから飛んだ。その飛びかたがすばしこかった。成はそこで掌でひょいとふせたが、中に何もいないようであるから、ちょっと手をすかしてみると、虫はまたぴょんと飛んでぴょんぴょんと逃げていった。成はあわてて追っていった。虫は牆《へい》の隅へまでいってそれから解らなくなった。成はそのあたりを歩きまわってたずねた。虫は壁の上にとまっていた。よくみると体の小さな赤黒い色の虫で、それは初めの虫ではなかった。成はその虫があまり小さいのでつまらないと思って、初めの虫を見つけようとあちこちと見まわした。壁にとまっていた小さな虫は、この時不意に飛んで成の肩に止まった。それを見ると促織の上等のものとせられている土狗《どこう》か梅花翅《ばいかし》のようであった。それは首の角ばった長い脛《すね》をした虫で、どうもいい虫のようであるから喜んで捉えて、まさに邑宰の許へさしだそうとしたが、つまらない虫で気に入られなかったなら大変だと思ったので、まずためしに闘わしてみてからにしようと思った。その時|好事者《ものずき》の村の少年が一疋の促織を飼って、自分で蟹殻青《かいかくせい》という名をつけ、毎日他の少年達と虫あわせをしていたが、その右に出るものがなかった。そこでその少年は利益を得ようと思って、その値《ね》を高くしたが買う者がなかった。少年は成が虫を捕ったということを聞いて、その虫も負かすつもりで、成の家へいって、成の蓄《か》っている虫を見た。それは形が小さくてつまらない虫であるからおかしくて噴《ふ》きだそうとしたが、やっ
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