あつた。ゆつくりゆつくりと吹かす煙草の煙が白い円い輪をこしらへて、それが窓の障子の方へ上斜に繋がつて浮いて行つた。その障子には黄色な陽光がからまつて生物のやうにちら/\と動いてゐた。省三はその日公会堂で話した恋愛に関する議論を思ひ浮べてそれを吟味してゐた。彼が雑誌へ書かうとするのは某博士の書いた『恋愛過重の弊』と云ふ論文に対する反駁であつた。
「御飯を持つてまいりました、」
 女中の声がするので省三は眼をやつた。二十歳ぐらいの受け持ちの女中が膳を持つて来てゐた。
「飯か、たべよう、」
 省三は眼の前にある煙草盆へ煙草の吸い殻を差してから起きあがつたが、脇の下に敷いてゐた蒲団に気が付いてそれを持つて膳の前へ行つた。
「御酒は如何でございます、」
 女中は廊下まで持つて来てあつた黒い飯鉢と鉄瓶を取つて来たところであつた。
「私は酒を飲まない方でね、」
 省三はかう云ふてから白い赤味を帯びた顔で笑つてみせた。
「それでは、すぐ、」
 女中は飯をついで出した。省三はそれを受け取つて食ひながらこんな世間的なことはつまらんことだが、こんな場合に酒の一合でも飲めると脹みのある食事が出来るだらうと思ひ
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