《おんたけ》の麓へ往って、山の中で一夜を明し、朝の帰り猪《いのしし》を打つつもりで、待ち受けていると、前方の篠竹がざわざわ揺れだした。西応房の猟師は、さては猪か熊《くま》か、とにかく獲物ござんなれと、猟銃を持ちなおして獲物の出て来るのを待っていた。と出て来たのは十六七の綺麗な少女であった。おや人間であったか、それにしてもこんな深山の夜明けに、少女などが平気で来られるものでない。これはどうしても変化《へんげ》の者に相違ない。しっかりしていないと其の餌食になる。機先を制して打ち殺せと、用意の錬《ね》り玉《だま》と云うのを手早く込めなおして、著弾《ちゃくだん》距離になるのを待っていたが、少女はすこしも恐れるような気ぶりも見せず、平然として前へ来た。
「頼みたい事があってまいったから、どうかそんな物を引っこめてもらいたい。打とうと思ったところで、鉄砲などの的《あた》るような者でもない、それに一所懸命に狙っておっては、わたしの云う事が判らないであろう」
少女の口辺《くちもと》には微笑が浮んでいた。西応房の猟師は猟銃を控えた。
「わたしは飯田《いいだ》在の、某村《あるむら》の何某《なにそれがし》
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