の娘であるが、今から十三年前、ちょうど十六の七月に、近くの川へ洗濯に往っておって、遁《のが》れられない因縁から、そのまま山に入って仙人になったが、両親はそれと知らないで、其の日を命日にして、供養してくれるのはありがたいが、仙界ではそれが障碍《しょうげ》になって、修行の邪魔になる。それに来年は、一級|仙格《せんかく》が進んで、鈴鹿《すずか》の神になる事になっておるが、両親は今年が十三回忌に当るから、此の七月にまた法要をしてくれようとしておるが、それでは到底鈴鹿の神になる事ができぬ。それで大儀ながらわたしの家《うち》へ往って、以来仏事供養は、無用にしてもらうよう伝えてもらいたい」
西応房の猟師は女の詞《ことば》を疑わなかった。彼は唯唯《いい》として其の命に従った。すると、
「その方は、自分一人の渡世のために、数知れぬ鳥や獣の命を奪っておるが、それでは罪業《ざいごう》を増すばかりである。渡世は猟師に限るまい、何か他の事をするがよい」
西応房の猟師は家へも帰らず、其の足で飯田在へ往って、其の両親と云う者に逢って、仙女の云った事を確めてみると、寸分の相違がなかった。西応房の猟師は、事の不思議さに恐れをなすとともに、猟師の罪業の深い事も覚って、名古屋へ出て武家奉公などをしていたが、気がすまないので、江戸へ出て自証院の道心坊となったのであった。
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年8月20日作成
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