いものをいかないのは、かわいがっていることが解かるのだよ。あの食物を送って来てめんどうを見たのは、私の嫁でなくてお前の嫁だよ。」
 大成の母は驚いていった。
「なんですって。」
「珊瑚は長いことここにいるのだよ。あの送ってくれた食物は、皆あれが夜績《よなべしごと》でのこしたものだよ。」
 大成の母はそれを聞くと涙を流していった。
「私は、嫁にあわす顔がありません。」
 姨はそこで珊瑚を呼んだ。珊瑚は涙を目に一ぱいためて出て来て、べったりと身を投げ伏してしまった。大成の母は慚《は》じてひどく自分で自分の身をせめた。
「私はなんという愚《ばか》だろう。私はなんという心だったろう。」
 姨はそれをやっとなだめた。そこで、とうとう初めのような嫁と姑の仲になり、十日あまりして一緒に帰っていった。
 良田を二成にやってしまった大成の家では、痩せた幾畝かの田地を作っていたが、たべるに足りないので、大成は筆耕をやり、珊瑚は針仕事をして、それをたのみにしていた。
 二成の方では足りないものはなかった。しかし、兄の方では助けを求めようともしなければ、弟の方でもまた世話をしようとはしなかった。そして、臧の方では嫂《あによめ》が家を出ていたことをいやしんでいたし、嫂の方でもまた臧の気の荒いことを悪んで相手にしなかった。兄弟は庭を隔てて住んでいたが、臧が時とすると凌辱することがあっても、一家の者は皆耳をふさいでいた。臧はいじめる者がないので夫と婢とにあたった。
 婢は臧の虐待にたえかねて、ある日、自分で首をつるして死んだ。婢の父親が臧を訟《うった》えた。二成は細君に代って裁判をうけて、ひどく鞭でたたかれた。そのうえ臧もかかりあいで拘えられた。大成は上下の役人に対して赦《ゆる》してもらう運動をしたが、どうしても赦されなかった。臧は指械《ゆびかせ》をせられたので指の肉がすっかり脱けてしまった。そして、役人の賄賂の貪《むさぼ》りようがひどくて、巨額の金を要求するので、二成は田を質に入れて金を貸り、いうとおりに収めて、やっと赦してもらって帰って来た。けれども債権者の催促が日ましにきびしいので、やむを得ず、すっかり良田を村の任《じん》という老人に売ってしまった。任はその田地の半分どおりが大成の譲ったものであるところから、大成にその書付を要求した。安は出かけていって任に逢った。と、任は忽ち、
「わしは、安孝廉だ。任というのは何者だ、わしの財産を買おうとするのは。」
 といってから、大成を顧みて、
「冥間《あのよ》で、お前達夫婦の孝を感心せられて、それで、わしを帰して、逢わせてくだされたのだ。」
 といった。大成は涙を流していった。
「お父様に霊《みたま》がありますなら、どうか弟を救ってやってください。」
「あんな不孝な悴《せがれ》や、わがままの嫁は、惜しくはない。それよりかお前は早く家へ帰って、早く金をこしらえて、わしの大事な財産を買いもどしてくれ。」
 大成はいった。
「母子がやっと生計をたてております。どうして、そんなたくさんの金ができましょう。」
「紫薇樹《さるすべり》の下に金をしまっておいた。それを掘ってつかうがいい。」
 大成はも一度精しいことを訊こうとしたが、老人はもう何もいわなかった。しばらくして大成は夢の覚めたようになって、何をしていたのか茫としていて自分で自分のやっていたことが解らなかった。
 大成は帰って来てそれを母に話したが、あまり不思議であるから母もやはり深くは信じなかった。臧はこのことを聞くともう数人の者をつれていって窖《あなぐら》を発《あば》きはじめた。そこに四、五尺の深さになった坑《あな》があった。しかしそこには石ころばかりで金らしいものはなかった。臧は失望して帰っていった。大成は臧が紫薇樹の下を掘っているということを聞くと、母と珊瑚にいいきかせて視にいかせなかった。そして、後で何もなかったということを知ったので、母がそっといって窺《のぞ》いて見た。やはり石ころが土の中に雑っているばかりであった。そこで母が返った。珊瑚が継《つ》いでいってみると、土の中は一めんに銭さしにさした銀貨ばかりであった。珊瑚は自分で自分の目が信じられないので、大成を呼んで一緒にいってしらべると、やはり銀貨であった。しかし大成は父親の遺したものであるから自分一人で取るに忍びないので、二成を呼んでそれを同じように分け、めいめい嚢に入れて帰った。
 やがて家へ帰った二成は、臧と二人でそれをしらべようと思って、嚢の口を開けてみた。嚢の中には瓦と小石が一ぱい入っていたので大いに駭いた。臧は二成が兄のために愚《ばか》にせられたのだろうと思って、二成を兄の所へやって容子を見さした。兄はその時嚢から出した金を几の上にならべて、母とよろこびあっていた。そこで二成は兄に事実を話し
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