成は金を還した後で、きっと間違いがあるだろうと思ってみたが、もう旧《もと》の財産が買いもどされたと聞いたので、ひどく不思議に思ったのであった。臧は金を掘りだした時、兄が先ず貢物の金を隠しておいたものだろうと思って、忿《いか》って兄の所へいって兄を責め罵った。大成はそこで二成が金を返して来た故《わけ》を知ったのであった。珊瑚は臧を迎えて笑顔をしていった。
「財産がもどったじゃありませんか。なぜそんなに怒ります。」
そこで大成に地券を出さして臧に渡した。と、二成はある夜父の夢を見た。父は二成を責めていった。
「汝《きさま》は不孝不弟であるから、死期がもうせまっているのだ。僅かな田地も汝の有《もの》にならない。持っていてどうするつもりなのだ。」
二成は醒めてから臧に話して、田地を兄に返そうとした。臧は、
「ほんとにあなたは愚《ばか》ですよ。」
といって承知しなかった。その時二成に二人の男の子があって、長男が七歳で次男が三歳になっていたが、間もなく長男が痘《ほうそう》で死んだ。臧は懼れて二成に地券を返えさした。大成は二成がいくらいっても受け取らなかった。間もなく次男がまた死んだ。臧はますます懼れて、自分で地券を持っていって嫂の所へ置いて来た。
その時は春ももう尽きようとしているのに、二成の持っていた田地は草の生えるにまかして耕してなかった。安はしかたなしに耕して種を蒔いた。臧はその時から行いを改めて、朝夕母の機嫌を伺うのが孝子のようになり、嫂を敬うこともまた至れりであった。
半年たらずに母が没くなった。臧は慟哭《どうこく》して、飲食ができないほどであったが、人に向っていった、
「お母さんの早く没くなって、私がつかえられなくなったのは、天が私に罪を贖《あがな》わないためです。」
臧は十人も子供を生んだが皆育たなかったので、とうとう兄の子を養子にした。大成夫婦は天命をまっとうして世を終ったが、三人の子供があって、二人は進士に挙げられた。世人はそれを孝友の報《むくい》だといった。
底本:「聊斎志異」明徳出版社
1997(平成9)年4月30日初版発行
底本の親本:「支那文学大観 第十二巻(聊斎志異)」支那文学大観刊行会
1926(大正15)年3月発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2007年8月12日作成
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