の上から甚九郎を見て云った。
「その方は、今、山|姑《うば》に逢ったな、そのために生命があぶない、どうした、理《わけ》を云え」
甚九郎はその理由《わけ》を話した。
「女を殺しても、霊鬼が汝の身についてるから、今晩のうちに殺される、早く往ってその死骸を持って来い、災を除けてやる」
甚九郎はしかたなしに辻堂へ往って、女の死骸を莚に入れて背負うて来た。住持はその額に鬼畜変体即成仏という七字を書き、首に血脈袋と珠数をかけて新らしい棺桶に入れさした。
「その方はこの棺を仏壇へ供えて、その傍で朝まで念仏するが好い、どんな恐ろしいことがあっても、声を立ててはならん、もし声をたてると生命がなくなるぞ」
甚九郎は住持の云うとおりにしていると、夜半《よなか》になって雨が降り出し怪しい電光《いなずま》がしだした。と、仏壇が鳴動をはじめ、棺の蓋が開いて中から女の死骸が起きて来た。口が裂けて額に牛のような角があった。死骸は甚九郎を見つけると眼を光らして飛びかかろうとしたが、血脈袋と珠数が邪魔になって体が自由にならなかった。死骸はそれを除り捨てよう除り捨てようとしたがはずれなかった。甚九郎は恐ろしいので一生懸命になって念仏していた。
そのうちに朝になった。死骸はばったり倒れてしまった。
甚九郎はその住持の許で剃髪して僧となった。
底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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