。甚九郎は持合せの薬を飲まし粥を炊いてやって喫《く》わせなどした。女の病気は次第に収まって、やがて甚九郎の分けて着せた蒲団に包まって、微暗い行灯の下ですやすやと眠った。
朝起きると甚九郎は茶を沸かしはじめた。女もその後から起きて来て甚九郎の傍へ坐った。女は好い色|沢《つや》をしていた。
「お陰様で体がさっぱりいたしました、どうもありがとうございました」
「体がよくなったら何よりだ、お前さんは何処だね」
と、甚九郎が聞くと、
「私は八王子在の者でございます、親も兄弟も無い、たった一人あった叔母にも、この比死なれましたから、下女奉公でもしていて、そのうちに私のような者でも妻室《かない》にしてくれる者があるなら、縁づきたいと思いまして、昨日江戸へ出て来ましたが、他に知人《しりびと》もないので、困っておりますうちに、持病の眩暈《めまい》が起りまして、御厄介になりました」
女は気の毒な身の上であった。甚九郎は心をひかれた。
「それは気の毒だ、何人《だれ》も力になる者がないのか」
「はい」
と、云って女は俯向いて考えていたが、やがて顔をあげて、
「……おねがいがございます」
女の顔は紅くなっていた。甚九郎は考えた。
「何だね」
「こんなことを申しましては、なんでございますが、お見受け申しますところ、お一人のようでございますから、婢《じょちゅう》なり何なりにして、私をお傍へ置いてくださいますまいか、そのかわり、私は親の残してくれた金三十両持っております、それを商《あきない》の資本《もとで》にお使いくださいまし」
懐へ手を入れて財布を出してその口を開けた。中には小判が光っていた。女はそれを甚九郎の前に置いた。三十両あれば商も大きくできて従って利益も大きい。甚九郎の心は小判に吸いつけられた。
「それじゃ、二人でいっしょに稼ごうじゃないか」
甚九郎は女と夫婦になる約束をした。彼はその朝大屋へ往って、国元から従妹が尋ねて来たから暫く家へ泊めて置くと云った。
甚九郎の隣に源吉と云う独身《ひとり》者が住んでいた。棒手振《ぼてふり》が渡世で夜でないと家にはいなかった。その夜も帰りに一ぱいひっかけてふらふらと帰って来たが、隣の新夫婦が気になるのでそっと覗いてやろうと思って、甚九郎の家の窓の下へ寄って往ったところで、月の光の射した窓の障子に電光《いなびかり》のような青い光がきら
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