あっても建物も何もないのに枡形の映るは不思議であった。某は顫《ふる》いあがって逃げようとしたが、どうしても枡形の外へ出られないので朝まで其処《そこ》に立ちすくんでいた。
幕末の比《ころ》、某《ぼう》と云う医師があって夜遅く病家へ往って帰っていた。それは月の明るい晩であった。其の大手を通っていると、戞戞《かつかつ》と云う夥《おびただ》しい馬の蹄《ひづめ》の音が聞えて来た。続いて鎧《よろい》であろう金属の触れあうような音も聞えて来た。おやと思って見ると、騎馬武者の一隊が前から来ているところであった。
某は不思議に思ったが路の真中に立っていられないので、路ぶちへ寄って見ていると、騎馬武者の一隊は、其の前を粛々《しゅくしゅく》と通りすぎようとした。医師はどうした軍勢だろうと思って見ると、其の武者にはどれもこれも首がなかった。はっと思って眼を下へやると、それには何の影もなかった。
医師は驚いて家《うち》へ帰るなり、家の者を起してその話をしたが、しているうちに血を吐いて死んだ。それは柴田勝家の亡霊で、同地方では、それを見た者は死ぬと云われているものであった。
底本:「怪奇・伝奇時代小説
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