た。
それは九月の末のことであった。豊雄は例によって師匠の許へ往《い》っていると、東南《たつみ》の空に雲が出て、雨が降って来た。そこで、豊雄は師匠の許で、傘《おおがさ》を借りてかえったが、飛鳥《あすか》神社の屋根が見えるようになってから、雨が大きくなって来たので、出入《でいり》の海郎の家へ寄って雨の小降りになるのを待っていると、「この軒しばし恵ませ給え」と云って入って来た者があった。それは二十歳《はたち》には未《ま》だ足りない美しい女と、十四五の稚児髷《ちごまげ》に結うた伴《とも》の少女とであった。女は那智《なち》へ往っての帰りだと云った。豊雄は女の美に打たれて借りて来た傘を貸してやった。女は新宮の辺《ほとり》に住む県《あがた》の真女児《まなご》と云うものであると云って、その傘をさして帰って往った。
豊雄はそのあとで、そこの主人の蓑笠《みのかさ》を借りて家へ帰ったが、女の俤《おもかげ》が忘られないので、そればかり考えているとその夜の夢に女の許へ往った。そこは門も家も大きく、蔀《しとみ》おろし簾《すだれ》垂れこめた住居《すまい》であった。真女児が出て来て、酒や菓子を出してもてなしてく
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