た》べてください」
李幕事夫婦はひどく不思議に思って、許宣の室へやって来た。そして夫婦は卓の上の御馳走を見て驚いた。
「今日は、ぜんたいどうしたと云うのだい、へんじゃないか」
李幕事は突立ったなりに云った。
「すこしお願いしたいことがありますからね、どうか、まあお掛けください」
許宣はとりすまして云った。
「どんなことだ、さきに云ってみるが宜《よ》い」
「まあ、二三杯あがってください、ゆっくり話しますから」
許宣は李幕事夫婦に酒を勧めた。酒は二巡三巡した。許宣はそこで李幕事の顔を見た。
「私は、これまで御厄介をかけて、こんなに大きくなりましたが、その御厄介ついでに、も一つお願いしなくてはならないことがあります、私は、結婚をしたいと思います」
「婚礼か、婚礼は大事だから、一つ考えて置こう、なあお前」
李幕事は細君の顔を見たが、それっきり婚礼のことに就《つ》いては何も云わなかった。もすこし具体的の話をしようと思っていた許宣は、もどかしかったがどうすることもできなかった。
酒がすむと李幕事は逃げるように室を出て往った。許宣はしかたなしに李幕事の返事を待つことにして待っていたが、二日経《た》っても三日経っても何の返事もなかった。そこで許宣は姐の所へ往って云った。
「姐《ねえ》さん、この間のことを、兄《あに》さんと相談してくれましたか」
「まだしてないよ」
「なぜしてくれないんです」
「兄さんが忙しかったからね」
「忙しいよりも、兄さんは、私が婚礼すると、金がかかると思って、それで逃げてるのじゃないでしょうか、金のことなら大丈夫ですよ、ありますから」
許宣はそう云って袖の中から五十両の銀《かね》を出して姐の手に渡した。
「一銭も兄さんに迷惑はかけませんよ、ただ親元になって儀式をあげてもらえば宜いのですよ」
姐は金を見て笑顔になった。
「おかしいね、お前、どっかのお婆さんと婚礼するのじゃないかね、まあ宜いわ、私がこれを預ってて、兄さんが帰って来たなら、話をしよう」
許宣はそれから姐の室を出て来た。姐はその夜李幕事の帰ってくるのを待っていて、許宣の置いて往った金を見せた。
「あれは、何人《だれ》かと約束しているのですよ、親元になって、儀式さえあげてやれば宜いのですよ、早く婚礼をさそうじゃありませんか」
「じゃ、この金は、女の方からもらったものだね」
李幕事はそう云って銀《かね》を手に執りあげた。そして、その銀の面に眼を落した。
「た、たいへんだ」
李幕事は眼を一ぱいに※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って驚いた。
「何をそんなにびっくりなさるのです」
細君には合点がゆかなかった。
「この金は、邵大尉《しょうたいい》の庫《くら》の金で、盗まれた金なのだ、庫の内へ入れてあった金が、五十錠無くなっているのだ、封印はそのままになってて、内の金が無くなっているのだ、臨安府《りんあんふ》では五十両の賞をかけて、その盗人を探索しているところなのだ、宣には気の毒だがしかたがない、我家《うち》から訴えて出よう、これが外から知れようものなら、一家の者は首が無い、こいつは豪《えら》いことになったものだ」
李幕事は朝になるのを待ちかねて、許宣の置いて往った金を持って臨安府へ往った。府では韓大尹《かんたいいん》が李幕事の出訴を聞いて、銀を一見したところで、確に盗まれた銀錠《ぎんじょう》であるから、時を移さず捕卒《ほそつ》をやって許宣を捉《とら》えさし、それを庁前に引据えて詮議《せんぎ》をした。
「李幕事の訴えによって、その方が邵大尉の庫の中の金を偸《ぬす》んだ盗賊と定《き》まった、後の四十九錠の金はどこへ隠した、包まずに白状するが宜かろう」
捕卒がふみこんで来た時から、もう気が顛倒《てんとう》して物の判別を失くしていた許宣は、邵大尉庫中の盗賊と云われて、はじめて己《じぶん》に重大な嫌疑がかかっていることを悟った。
「私は、決して、人の物を盗むような者ではありません、それは人違いです」
許宣は一生懸命になって弁解《いいわけ》をした。
「いつわるな、その方が邵大尉の庫の中の金を偸んだと云うことは、その方が姐に預けた、五十両の金が証拠だ、あの金はどこにあったのじゃ」
「あの金は、荐橋双茶坊|巷《こう》の秀王墻《しゅうおうしょう》対面に住んでおります、白《はく》と云う女からもらいました」
許宣はそこで白娘子と近づきになったことから、結婚の約束をするようになったいきさつを精《くわ》しく話した。その許宣の詞《ことば》には詐《いつわ》りがないようであるから、韓大尹は捕卒をやって白娘子を捉えさした。
捕卒は縄つきのままで許宣を道案内にして双茶坊へ往って、秀王墻の前になった、高い墻《まがき》に囲まれた黒い楼房《ろうぼう》の前へ往った。
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