わ》などの彼《か》の盗まれた神宝があった。
そこで豊雄の大盗《だいとう》の疑いは晴れたが、神宝を持っていた罪は免がれることができないので、牢屋《ろうや》に入れられていたのを、豊雄の父親と兄の太郎が賄賂《わいろ》を用いたので百日ばかりで赦《ゆる》された。豊雄は知った人に顔を見られるのが恥かしいので、大和の姉の許へ往った。その姉の家は泊瀬寺《はつせでら》に近い石榴市《つばいち》と云う所にあって、御明灯心《みあかしとうしん》の類を売っていた。某日《あるひ》豊雄が店にいると、都の人の忍びの詣《もうで》と見えて、いとよろしき女が少女を伴れて薫物《たきもの》を買いに来た。少女は豊雄を見て、「吾君《わがきみ》のここにいますは」と云った。それは真女児の一行であった。豊雄は、「あな恐し」と云って内に隠れた。女は豊雄を追って往って、「君|公庁《おおやけ》に召され給うと聞きしより、かねて憐《あわれ》をかけつる隣の翁《おきな》をかたらい、頓《とみ》に野らなる宿《やど》のさまをこしらえ、我を捕《とら》んずときに鳴神《なるかみ》響かせしは、まろやが計較《たばか》りつるなり」と云い、神宝のことに関しては、「何とて女《め》の盗み出すべき、前《さき》の夫《つま》の良《よか》らぬ心にてこそあれ」と云った。姉夫婦は真女児の詞《ことば》に道理があるので疑いを晴らして、「さる例《ためし》あるべき世にもあらずかし、はるばるとたずねまどい給う御心《おんこころ》ねのいとおしきに、豊雄|肯《うけが》わずとも、我々とどめまいらせん」と云って、豊雄の傍《そば》に置き、そのうちに豊雄にすすめて結婚さした。
三月になって一家の者が野遊びに往くことになった。真女児は、「我身|稚《おさなき》より、人おおき所、或《あるい》は道の長手《ながて》をあゆみては、必ず気のぼりてくるしき病《やまい》あれば、従駕《とも》にぞ出立《いでた》ちはべらぬぞいと憂《うれた》けれ」と云うのを無理に伴れて往った。そして、何某《なにがし》の院に往き、滝の傍を歩いて往ったところで、髪は績麻《うみそ》をつかねたような翁が来て、「あやし、この邪神《あしきかみ》、など人を惑《まどわ》す」と云うと、真女児と少女は滝の中に飛び込んだが、それと共に雲は摺墨《するすみ》をうちこぼしたる如《ごと》く、雨は篠《しの》を乱して降って来た。翁はあわてて惑う人々を案内して人家
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