う云って銀《かね》を手に執りあげた。そして、その銀の面に眼を落した。
「た、たいへんだ」
李幕事は眼を一ぱいに※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って驚いた。
「何をそんなにびっくりなさるのです」
細君には合点がゆかなかった。
「この金は、邵大尉《しょうたいい》の庫《くら》の金で、盗まれた金なのだ、庫の内へ入れてあった金が、五十錠無くなっているのだ、封印はそのままになってて、内の金が無くなっているのだ、臨安府《りんあんふ》では五十両の賞をかけて、その盗人を探索しているところなのだ、宣には気の毒だがしかたがない、我家《うち》から訴えて出よう、これが外から知れようものなら、一家の者は首が無い、こいつは豪《えら》いことになったものだ」
李幕事は朝になるのを待ちかねて、許宣の置いて往った金を持って臨安府へ往った。府では韓大尹《かんたいいん》が李幕事の出訴を聞いて、銀を一見したところで、確に盗まれた銀錠《ぎんじょう》であるから、時を移さず捕卒《ほそつ》をやって許宣を捉《とら》えさし、それを庁前に引据えて詮議《せんぎ》をした。
「李幕事の訴えによって、その方が邵大尉の庫の中の金を偸《ぬす》んだ盗賊と定《き》まった、後の四十九錠の金はどこへ隠した、包まずに白状するが宜かろう」
捕卒がふみこんで来た時から、もう気が顛倒《てんとう》して物の判別を失くしていた許宣は、邵大尉庫中の盗賊と云われて、はじめて己《じぶん》に重大な嫌疑がかかっていることを悟った。
「私は、決して、人の物を盗むような者ではありません、それは人違いです」
許宣は一生懸命になって弁解《いいわけ》をした。
「いつわるな、その方が邵大尉の庫の中の金を偸んだと云うことは、その方が姐に預けた、五十両の金が証拠だ、あの金はどこにあったのじゃ」
「あの金は、荐橋双茶坊|巷《こう》の秀王墻《しゅうおうしょう》対面に住んでおります、白《はく》と云う女からもらいました」
許宣はそこで白娘子と近づきになったことから、結婚の約束をするようになったいきさつを精《くわ》しく話した。その許宣の詞《ことば》には詐《いつわ》りがないようであるから、韓大尹は捕卒をやって白娘子を捉えさした。
捕卒は縄つきのままで許宣を道案内にして双茶坊へ往って、秀王墻の前になった、高い墻《まがき》に囲まれた黒い楼房《ろうぼう》の前へ往った。
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