迫って盃をしたものの、醜い女の傍にいることはどうしてもがまんができなかった。彼は女の睡るのを待ってそっと寝床を抜けだした。そして、雨戸を開けて戸外《そと》に出て、足の向くままに小浜村のほうへ往った。それは秋の水みずした月のある夜であった。
売卜者は歩いているうちに、女が気の毒になって来た。病気になるまで己《じぶん》を慕うている女を捨てて逃げることは、人としての行《おこない》でないように思われて来たが、赤い顔の斑点と、赤茶けた縮れ毛を思うと、醜いと云うよりも寧ろおそろしい気がして、とても帰って往こうと云う気にはなれない。しかし、己が逃げた後で、女《むすめ》がどんなにか悲しむであろうと思うと足は進まない。考え考えして歩いていると、微白く流れている利根川の水際に出た。彼はふと、己が川へ入って死んだとしたなら、女もしかたなく諦めはしないかと思った。彼はそう思いつくと、入水する人のすると云うように、穿いていた草履を水際に並べて置いて、西安寺と云う寺のある方へ往ってしまった。
後で眼を覚した女は、売卜者のいないのに吃驚《びっくり》して、家の中を探していると、売卜者の開けて往った雨戸がそのままに
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