た。
「この方は、さつきから、あんなことを云つてらつしやるんですよ、つまらないことぢやありませんか、」
 曹達水のコツプは女の前に行つた。
「さうですよ、本当につまらないことですよ、」
 義直は困つてしまつた。
「つまらないことぢやないです、僕にとつては大事のことなんです、云つてください、」
「私が云はないたつて、今に知れますよ、ぢつとしてゐらつしやい、」
「駄目ですよ、何故あなたは、私がこんなに頼むのに云つてくれないのです、」
 女は曹達水を飲んでゐた。
「そんな無理を云ふものぢやありませんよ、あまり無理を云ふと、私は行つちまひますよ、」
「ぢや、どうしても云つてくださらないですか、」
「それが無理ですよ、ぢつとしてゐらつしやい、」
 義直はもう泣き出しさうな声になつてゐた。
「何故云つてくれないです、僕はあなただけが判つてゐて、他のことが何も判らないです、」
「では、三階へゐらつしやい、判るやうにしてあげますから、」
 義直は嬉しかつた。
「では、すぐ三階へ行きませう、」
「まゐりませう、」
 義直と一緒に女も腰をあげた。義直は青い服を着た男のゐるテーブルの前を通つて、其所に見えてゐる寒水石の階段をあがつて行つた。その階段は螺旋形になつてゐた。義直は自分の後からあがつて来る女の髪に眼を落した。それはエス巻のやうにしてその下に蝙蝠か何かの羽をひろげたやうにリボンをかけてゐた。
 二階の室には其所に円いテーブルを控へてあつたが、何人も人は見えなかつた。義直はその室を見流しながら三階へ通じた階段をあがつて行つた。
 三階の室は薄黄ろな広い室であつた。室の中には其所此所にテーブルを置いて、男とも女とも判らない人の影が、其所にぽつり此所にぽつりと云ふやうに見えてゐた。義直は何所へ行つて腰をかけたものであらうかとちよと躊躇した。
「此方へゐらつしやい、」
 正面のテーブルにゐた者が手をあげて招いた。義直は何人か知つた人だらうかと思ひながら一足二足行つて覗いた。二十三四に見える小柄な綺麗な女であつた。
「ゐらつしやいよ、これから友達になるんぢやありませんか、」
 義直は何所か見たやうなことのある女だと思つたが、何人であるのか思ひ出せなかつた。
「もう判つたでせう、私よ、」
 女は笑つたが義直には判らなかつた。
「義直さん、私が判らない、写真で見てやしない、」
 義直の頭にちら
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