い女であつた。義直は何所へ坐つたもんであらうかとちよと考へたが、右の入口のテーブルが好いやうな気がするので、鼻の高い男を斜に見るやうにして階段の方へ向いて腰をかけた。
それを見ると水色の洋服を著た女がやつて来た。その半靴を履いてゐる足音はすこしもしなかつた。
「ゐらつしやいまし、何に致しませう、」
義直は曹達水よりも生ビールを飲んでみたいと思ひだした。
「生があるかね、」
「ございます、」
「では、生を一杯貰はふか、」
「はい、」
洋服の女はそのまゝ引ツ返して左の壁の方に寄つた窓の口へ行つて、覗き込むやうにして、
「生を一杯、」
と云ふと、中から洞穴の中からでも響いて来るやうなしめつぽい声で返辞をした。
義直はをかしな声だなと思つてゐると、洋服の女はやがてビールを入れた琥珀色に透きとほつて見えるコツプを持つて来た。
「お待ちどほさま、」
「有難う、」
義直はすぐコツプを取つて口にやつたが、冷々として如何にも心地が好いので、始んど飲み乾すぐらゐに一息に飲んで下へ置きながら、前にゐる客の方を見た。鼻の高い男は手を膝に置いてゐるやうにきちんとしてゐたが、睡つてゐるのかその眼はつむれてゐた。彼はふともう遅いから睡つてゐるだらうと思つた。
「もう幾時だらう、」
義直はふと時計のことを考へた。そして自分はどうして此所へ来たらうと考へたが思ひだせなかつた。
「ぜんたい此所は何所だ、」
義直はまた考へてみたがそれも判らなかつた。彼はいら/\した気になつて、片手の拳で頭をコツコツと叩いた。
「生を持つてまゐりませうか、」
洋服の女が来て立つてゐた。
「さうだね、も一つ貰はうか、」
義直はその後で無意識に前のコツプを持つて、僅かに残つたビールを飲みながら左のテーブルの方を見た。赤い横顔を見せた髪の毛の長い男は、はじめのやうにテーブルに前屈みによつかゝり、向ふ側の若い男もはじめのやうにコツプを口のふちへやつたなりでゐた。彼は不思議に思うて若い男の顔に眼をやつた。それは黒い眼を見せてゐたが人形の眼のやうに動かなかつた。
「お持ちどほさま、」
洋服の女がコツプを持つて来た。義直は女がコツプを置くと若い男の方へちよと指さした。
「姉さん、彼のお客さんは睡つてゐるのか、さつきから、コツプを持つたまゝぢやないか、」
女は振り返つて、
「さうですわ、ねえ、」
と云つてから棚
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