なたがここをおひきあげになると聞いたので、それで、そっと来たのですよ。」
 金は女を伴れて帰っていきたかった。
「一緒に僕の家へいこうじゃないか。」
 女はためいきをついていった。
「申しにくいことですけれど、お別れしなくちゃなりませんから、あなたにかくすこともできません。私は金竜大王の女《むすめ》なのですが、あなたと御縁があったものですから、それでこんなになったのです。口どめしておかなかったものですから、あの婢を江南にやったことが世間に知れて、私があなたのために五通を片輪にしたといいだしましたから、それをお父様が聞いて、たいへんな恥だといって、ひどく忿って私を死なせようとしましたが、いいあんばいに婢が自分のことにしてくれましたので、お父様の立腹もすこしおさまって、婢を何百とたたいてすみました。私はそれから一足出るにも、皆|保姆《ばあや》をつけられるのです。その隙を見てやっとまいりましたから、申しあげたいこともありますが、精しいことはいっていられないのです。」
 女はそういってから別れていこうとした。金はその女の袖をとらえて涙を流した。女はいった。
「あなた、そんなになさらなくっても、三十年したなら、また一緒になります。」
 金はいった。
「僕は今三十だが、これからまた三十年すると白髪の老人じゃないか。どんな顔をして君と逢うのだ。」
 女はいった。
「そんなことはありませんよ。竜宮には白髪の老人はないのですから。それに人の長生と若死は、貌や容子によりません。もし若い顔をそのままにしておきたいというなら、それはなんでもないことです。」
 そこで女は書物のはじめの方に一つの方法を書いていってしまった。
 金は故郷へ帰った。金の甥女《めい》はそこで不思議なことのあったことを話した。
「その晩、夢のように、ある人が私をつかまえて※[#「央/皿」、第3水準1−88−73]《かめ》の中へ入れたと思いましたが、醒《さ》めてみると血が衾に赤黒くついていたのです。それっきり怪しいことはなくなったのです。」
 金はそこで、
「それは、俺が黄河《こうが》の神に祷《いの》ったからだ。」
 といったので、皆の疑いも解けてしまった。
 彼、金は六十あまりになったが、容貌はなお二十ばかりの人のようであった。その金がある日、河を渡っていると、遥かの上流から蓮の葉が流れて来たが、その大きさは蓆《むし
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