て往った。と、見る間に虎の唸声《うなりごえ》が聞えて、老人の顔には真赤な血がかかった。
 見物人は驚きの声をあげて柵を放れて逃げた。
 柵の中では頭をびしゃびしゃに噛み潰された老人の死骸が横たわって、刀を持った二人の若い男が虎に迫っていた。
 焦生はこれを見ると、逃げまどう見物人の間を潜って柵の方へ往って、柵の上へかきあがった。
「おい、その虎をどうする」
 一人の若い男が振り返った。
「この畜生、爺親《おやじ》を噛み殺したから、殺すところだ」
「そうか、それは気のどくだが、お父さんを殺されたうえに、虎を殺したら、大損じゃないか、それよりか、俺に売れ、その売った金でお父さんの弔《とむらい》をしたらどうだ」
 虎はもう眼をつむるようにして二人の前に立っていた。焦生に詞《ことば》をかけた男は、傍にいるもう一人の男の処へ往って話をはじめた。焦生は二人の話の結果を待っていた。
 二人の話はしばらく続いた。そして、話のきまりがついたとみえてはじめの男が引き返してきた。
「どうする、売ってくれるか」
「十万銭なら、売りましょう」
「よし、買った、銭を渡すから何人《だれ》か一人、いっしょに来てくれ」
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