、そのうちに泣きだして悲しくて悲しくてたまらないと云うように泣いていたが、やがて新一を放して小女《こむすめ》のように顔に袖をやって泣き泣き往ってしまった。
 新一と老婆は顔を見合した。新一は苦笑いしていた。
「どうしたのです、坊ちゃん」
 老婆が云った。
「犬のような奴が、おいらの寝ている傍へ来たから、あの懐剣を投げつけてやると、唸ってから見えなくなったよ、血のようなものが附いてたのだ、お母《っか》さんは、その時からあばれ出しちゃったよ」
 老婆はそれを聞くと考え深そうな眼つきをして頷いた。
「それじゃ、やっぱり狐だ、傷をしたから、もうおっかながって来ないかも判りませんよ」
「そうかなあ」
 新一は老婆に短刀を抜いて見せなどして二人で暫く話しあっていたが、もう寝ることにして老婆一人でお滝の傍へ往って見た。お滝は夜着に顔を埋めて泣きじゃくりしていた。

       五

 ろくろく睡りもせずに夜の明けるのを待ちかねていた新一は、往来で馬の嘶《いなな》く声や人の話声がしだすと寝床を出て庖厨《かって》の戸を開けた。夜はもうきれいに明けて庭には露がしっとりとおりていた。新一は怪しい獣の落した
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