和は寝たふりをして夜具にくるまっていた。
 間もなく婆さんが火を取りにきて、室の中は真暗になった。季和は眼を開けて次の室の方へ注意した。と、一時ばかりして荒壁の隙から明りが見えだした。季和は蒲団から這い出てまた壁の隙から隣の室を窺いた。婆さんが竈の前に坐って、傍の箱から人形を出しているところであった。
 季和は嘲りながら見ていた。婆さんはまた指を組み合せて人形の方に向って祈をはじめた。祈がすむと水桶の水を哺《ふく》んで人形に吹きかけた。人形が動きだして畑を造え、それから種を蒔き、蕎麦が生え、蕎麦の実を粉にすると、人形を箱にしまい、その後で五個の餅を造えた。
 朝になって五人の者は入口の室へ往った。五個の餅が卓の上に置いてあった。婆さんは傍へきてそれを皆にすすめた。季和は別に懐に一個《ひとつ》の餅を持っていた。彼はその餅を出して、婆さんの出してきた餅と取り換えるようにしながら、その実取り換えずに婆さんの出した餅を婆さんの前へ出した。
「これは、私が昨日路で買ってきた餅ですが、私は温かいのを御馳走になりますからあげます、あがってごらんなさい、ちょっと旨いですよ」
「そうですか、それは、どう
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