漁があれば、一日で一箇月分の夫役になるじゃないか」
「それがなかなかそういきませんから、漁師は昔から貧乏と相場が定まっておりますよ」
「そうか、そうかも知れん」
一行は室津の部落を離れて浮津の部落へかかっていた。其の時、右側の漁師の家から小さな老人が出て来て空を見た。
「さにし[#「さにし」に傍点]がせり[#「せり」に傍点]よる、朝のうちに一網やろうか」
それは地曳網《じびきあみ》を曳こうと云っているところであった。そして、権兵衛と総之丞が近ぢかと寄って往くと、老人は驚いたようにして家《うち》の内へ入って往ったが、家の中から、
「普請方のお役人が帰《いに》よる」
と云う声が聞えた。総之丞は笑った。
「御存じでございませんか、今の男は、夫役に来て縄を綯《な》うておりました者でございますが」
「そうか気が注《つ》かざったが、彼《あ》の鼻のひしゃげた老人か」
老人かと云うなり権兵衛は体を崩して倒れてしまった。総之丞は驚いて駈け寄った。
「如何《いかが》なされました」
権兵衛は右脇を下にして倒れていた。
「一木殿、気を確に一木殿」総之丞は蹲《しゃが》んで権兵衛の肩へ手をかけて、「如何
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