方から堰堤の上をどんどん駆けて来た者があった。普請役場の小厮《こもの》に使っている武次《たけじ》と云う壮佼《わかいしゅ》であった。
「旦那、一木の旦那」
 武次は呼吸《いき》をはずまして額に汗を浸ませていた。権兵衛は武次を見た。
「何か用か」
「用どころか、お殿様じゃ」
 権兵衛は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。
「なに、おとのさま」
「二十人も三十人も馬に乗って、氏神様のお神行《なばれ》のようじゃ」
「藩公が来られたか」
「はんこうか、鮟鱇《あんこう》か知らんが、高知の城下から来たそうじゃ」
「真箇《ほんと》か。真箇ならお出迎いをせんといかんが」
「早川《はやかわ》さんが、早く往って呼《よ》うで来いと云うたよ、早川さん、歯の脱けた口をばくばくやって、周章《あわ》てちょる」
「くだらん事を云うな」
 権兵衛は叱りつけておいて陸の方へ急いだ。其の時沙と礁の破片《かけら》を運んでいた人足の群も、陸の方に異状を認めたのか、皆陸の方を見い見い口ぐちに何か云っていた。権兵衛は其の人夫の間を潜《くぐ》って陸の方へ往った。
 磯の沙浜には処《ところ》どころ筆草《ふでくさ》
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