》に寝かされていた。見ると其の人夫の頭を巻いた衣片には生《なま》なました血が浸《にじ》んで、衣片の下から覗《のぞ》いている頬から下の色は蒼黒くなって血の気が失せていた。
「おう、これは」
権兵衛は眼を見はった。簣の横にいた横肥《よこぶとり》のした人夫の一人がそれを見て権兵衛の前へ出た。それは松蔵《まつぞう》と云う人夫の組頭の一人であった。
「どうした事じゃ」
「礁の上から転びました」
「転んだぐらいで、そんな負傷《けが》をしたか」
「物の機《はずみ》でございましょう、下に鋸《のこぎり》の歯のようになった処がございまして、その上へ落ちたものでございますから」
「そうか」
一行は其の前に停まっていた。松蔵は負《おぶ》われている男の衣片を巻いた手に眼をやった。
「虎馬《とらま》は、手端《てくび》を折りました」それから簣に寝かされている男へ眼をやって、「銀六《ぎんろく》は頭を破《わ》りました」
銀六と云われた簣の上の人夫は微《かすか》に呻《うめ》いていた。権兵衛はそれにいたわりの眼をやった。
「それは可哀《かわい》そうな事をした、早く役所へ伴れて往って手当をしてやれ」
「虎馬の方は此方《こちら》でもよろしゅうございますが、銀六の方は、安田《やすだ》へ往かんと手当ができませんから、いっその事、二人を伴れて往かそうと思いますが」
「そうか、それがええ、それでは早いがええ」
「そうでございます」松蔵はそこで気が注《つ》いて、「それでは、早う往け、安吾《やすご》さんは役所へ寄って、早川《はやかわ》さんから名刺《なふだ》をもろうて往くがええ」
安吾と云うのは後《うしろ》の方にいた。それは六十近い痩《や》せた老人《としより》であった。
「ええとも、それじゃ、往こうか」
安吾の声で一行は歩きだした。権兵衛はじっとそれを見送った。松蔵は権兵衛の方へぴったりと寄った。
「旦那」
松蔵の声は外聞を憚《はばか》ることでもあるように小さかった。
「うむ」
「妙な事を云う者がございますよ」
「どんな事じゃ」
「どんなと云いまして、妙な事でございますが、旦那はお聞きになっておりませんか」
傍には総之丞の顔があった。松蔵は総之丞へ眼をやった。
「武市の旦那は、お聞きになりませんか」
総之丞は好奇《ものずき》らしい眼をした。
「あれじゃないか」
「あれとは、あれでございますか」
「礁の事じ
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