上もない疚しいことであつた。
 源吉はやゝ安心したので歩きながら延びあがるやうにして、土手越しに別荘の内を覗き込むやうにした。其処には黒い庭木の影があつてその先に霜の置いたやうに見える屋根瓦があつた。彼の足は自然と止まつた。そしてうつとりとして立つてゐたが、……この夜更けにとても庭に出てゐさうなことがないと思ひ出した彼はまた歩き出した。
 ……小さな土鍋で焼いたお粥を茶碗に盛つてそれに赤い梅干を三ツばかり添へて枕元へ持つて来た。と、枕元に点けてあつた豆ランプの光がちら/\と揺れた。
「お粥が出来がよくないよ、」
「なに、やはらかくなつてるなら好い、すまねえな、小母さんがまた何か云つたんぢやないか、」
「お母さんは、今晩、山田さんの婚礼へ、呼ばれて行つたから、ゐないよ、」
「あァさうか、山田の信次郎さんの婚礼か、信次郎さんは、俺より二ツ下だから、廿二だな[#「廿二だな」は底本では「甘二だな」]、」
「あなたも早く、好いお嫁さんをお貰ひよ、」
「俺か、俺よりか、お前の方はどうだ、お前が早くお嫁に行くなり、婿を取るなりしなくちやいかんぢやないか、」
「私なんか駄目よ、」
 女は小さな声で呼吸
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