。ちょうど七日目の夜であった。孫店に住む伴蔵は、毎夜のように新三郎の家から話声が聞えて来るので、不思議に思いながら新三郎の家へ往って、そっと雨戸の隙間から覗《のぞ》いてみた。比翼蓙《ひよくござ》を敷いた蚊帳の中には、新三郎が壮い女と対《むか》いあって坐っていた。伴蔵は目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]った。と、其の時女の声で、
「新三郎さま、私がもし勘当されました時は、お米と二人をお宅へおいてくださいます」
 すると新三郎の声で、
「引きとりますとも、あなたが勘当されたら、私はかえってしあわせですよ。しかし、貴女《あなた》は一人娘のことですから、勘当される気づかいはありますまい。後《のち》になって、生木を裂かれるようなことがなければと、私はそれが苦労でなりません」
「あなたより他に所天《おっと》はないと存じておりますから、たとえお父さまに知れて、手討ちになりましてもかまいません、そのかわり、お見すてなさるとききませんから」
 伴蔵は女の素性が知りたかった。伴蔵は伸びあがるようにして、もいちど雨戸の隙間から室の中へ眼をやった。島田髷の腰から下のない骨と皮ばかりの女が、青白い顔に鬢《びん》の毛をふり乱して、それが蝋燭《ろうそく》のような手をさしのべて新三郎の頸《くび》にからませていた。と、其の時、傍にいた丸髷の、これも腰から下のない女が起ちあがった。同時に伴蔵は眼さきが暗《くら》んだ。

       三

 伴蔵は顫《ふる》いながら家《うち》へ帰り、夜の明けるのを待ちかねて白翁堂勇斎の家へ飛んで往った。そして、まだ寝ていた勇斎を叩き起した。
「先生、萩原さまが、たいへんです」
 勇斎は血の気《け》のない伴蔵の顔をきっと見た。
「どうかしたのか」
「どうのこうのって騒ぎじゃございませんよ、萩原さまの処へ毎晩女が泊りに来ます」
「壮い独身者《ひとりもの》のところじゃ、そりゃ女も泊りに来るだろうよ。で、その女が悪党だとでも云うのか」
「そう云うわけではありませんが、じつは」
 伴蔵はそれから前夜の怪異をのこらず話した。すると勇斎が、
「此《こ》のことは、けっして人に云うな」
 と云って、藜《あかざ》の杖をついて伴蔵といっしょに新三郎の家《うち》へ往った。そして、いぶかる新三郎に人相を見に来たと云って、懐《ふところ》から天眼鏡を取り出して其の顔を見ていたが、
「萩
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