おみねは新三郎の後《うしろ》へ廻って洗いだした。そして、何かと云いながら襟を洗うふうをして伴蔵の方を見せないようにした。
 其の時伴蔵は彼《か》の胴巻から金無垢のお守を取り出していた。伴蔵とおみねは、お露から百両のお礼をするから、お札の他にお守を隠しておいてくれと云われているので、行水に事よせてそれを盗もうとしているところであった。
 伴蔵は海音如来のお守を抜きとると、其のあとへ持って来ていた瓦《かわら》で作った不動様の像を押しこんで、もとのように神棚へあげた。そして、新三郎の行水が終ると、二人はそしらぬ顔をして帰って来たが、帰って来るなり、海音如来のお守を羊羹箱《ようかんばこ》の古いのへ入れて畑の中に埋め、今夜はお露たちが百両の金を持って来るから、其の前祝いだと云って、二人でさし対《むか》って酒を飲んでいた。
 其のうちに八つ比《ごろ》になった。そこでおみねは戸棚の中へかくれ、伴蔵が一人になってちびりちびりとやっていると、清水《しみず》の方からカラコン、カラコンと駒下駄の音が聞えて来たが、やがてそれが生垣の傍でとまったかと思うと、
「伴蔵さん、伴蔵さん」
 と云って、お米とお露が縁側へ寄って来た。伴蔵が顫えながら返事すると、お米が、
「毎晩あがりまして、御迷惑なことを願い、まことに恐れいりますが、まだ今晩もお札が剥れておりませんから、どうかお剥しなすってくださいまし」
「へい剥します、剥しますが、百両の金を持って来てくだすったか」
「はい、たしかに持参いたしましたが、海音如来のお守は」
「あれは、他へかくしました」
「さようなれば百両の金子をお受け取りくださいませ」
 お米はそう云って伴蔵の前へ金を出した。それはたしかに小判であった。まさか幽霊が百両の金をと内心疑っていた伴蔵は、それを見るともう怖いことも忘れて、
「それでは、ごいっしょにお出《い》でなせえ」
 と云って、二間|梯《ばしご》を持ち出して新三郎の家《うち》の裏窓の所へかけ、顫い顫いあがってお札を引剥《ひっぺ》がした機《ひょうし》に、足を踏みはずして畑の中へ転げ落ちた。
「さあお嬢さま、今晩は萩原さまにお目にかかって、十分にお怨《うら》みをおっしゃいませ」
 お米はお露を促して裏窓から入って往った。
 翌朝になって伴蔵は、欲にからんでやったものの、さすがに新三郎のことが気にかかるので、おみねを伴れて
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